2015/12/23

ときおり、無性に聞きたくなる90年代ヴィジュアル系

小学校高学年のころから中学生にかけて、ヴィジュアル系バンドが大好きだった。好きなバンドが取り上げられている音楽雑誌を集めまくり、出演する音楽番組はすべて録画、もちろんCDやVHSもたくさん持っていた。家で曲をたくさん聴いて、オリジナルのテープを作って、休日になるとライブ映像を見て、学校ではヴィジュアル系大好きの友達と一緒に盛り上がっていた。

当時好きなバンドがいくつかあった。いちばん好きだったのはL'arc en Cielだ。ラルクを知ったのは彼らがちょうど「虹」(97年)をリリースしたころだった。hydeさんの目鼻立ちのはっきりしたセクシーな顔立ちと、独特の声にすっかり魅了されてしまった。それからデビューした頃の音源までさかのぼってたくさんたくさん曲を聴いて、いつのまにか大好きになっていた。昔にさかのぼるほどメロディは美しく幻想的になり、新しくなるほど美しいメロディに少し力強さが加わって、どちらも好きだった。「DIVE TO BLUE」(98年)以降、ラルクからは少しずつ離れてしまったが、当時懸命に覚えたたくさんの彼らの歌は未だにはっきりと頭の中に残っていて歌うことができる。ラルクのほか、黒夢、Laputa、Dir en grey、LUNASEAをよく聞いていた。紹介したい曲はたくさんあるが、全部貼るわけにもいかないので個人的に選りすぐりの曲をいくつか貼った。もしよかったら聴いてほしい。

今日こんな話をブログに書いているのは、ヴィジュアル系ファンだったころよく聞いていた彼らの音楽を、無性に聴きたくなったからだ。そういうときがたまーにある。ふと思い出したように突然聴きたくなるのだ。あれから15年超経っているわけだが、今聴いても変わらずかっこいい。昔は彼らの見て呉れも好きで、1つのバンドの中にはたいてい好みな1人がいたが、今となっては見て呉れに魅了されることはない。むしろ一部のバンドについては、ちょっと行き過ぎだろうとさえ感じる(おそらく、私の嗜好が変わったせいだろう)。そして、90年代ヴィジュアル系の曲はいまいち共感できない歌詞が多いとも感じている。というか、当時も今も思うのだが、歌詞の内容がイメージしにくいのである。いまいちピンとこない。だけど曲はやっぱりステキなのだ。音と曲の雰囲気がかっこいい。私の中では全く色あせていない。

ということで、今日はヴィジュアル系祭りを開催することにする。


L'arc en Ciel 「flower」

黒夢 「Like @ Angel」

Laputa 「Breath」


Dir en grey 「Garden」


PIERROT 「トリカゴ」

2015/12/08

Javaに翻弄されて

今期、私はJavaプログラミングの授業を履修している。「プログラミングできる人ってかっこいいなー」という単純な憧れから始めたわけだが、毎回毎回自分の書いたプログラムに翻弄されている。書いたものを実行しようと試みれば必ず毎度、「あぁ、なんでそこで止まるの!?」などと修正を余儀なくされ、1回で動いてくれることはまずない。何度かの修正でちゃんと動いてくれれば万々歳、もう打つ手がないと思ったら先生にask、とこんな調子である…。

とはいえ、プログラミングの基本中の基本のことをやっているので、私がひーひーしているプログラミング課題もそんな大掛かりなものではない(はず)。この授業は、プログラミングを全くやったことのない人でも大丈夫という内容で構成されている。コマンドプロンプトの使い方から始まり、Java言語のしくみについて少し触れ、今はコンパイル作業なしでプログラムを実行できるeclipseで書いている。プログラミングは、四則演算、条件分岐(if/switch)、繰り返し(for/while)、配列までたどり着いた。

たくさんのミスプログラミングのかいあって、私が書いたプログラムは何がまずいのかがよくよく見えてきた。プログラミングの肝がおざなりになっていることがまずいのだ。それぞれのコードが表現するものをなんとなくしか分かっていないのに加え、目的のプログラム目指してコード同士が適切につながっていないという…。おおざっぱというか、なんとなくの表現というか、緻密さとはかけ離れたものなのである。こんなところで自分の思考の特徴が露呈するとは思わなかった。それぞれのコードが表現するものは、ルールとして決まっていることだから覚えてしまえばよい。ということで覚え始め、けっこう覚えたつもりになっていたが、私の覚え方はざっくりしすぎていた。だから、あるコードが足りなくても気づかず、プログラムもちゃんと動いてくれない。なんと律儀なことか…。続いて、コード同士をうまくつなげることである。完成したプログラムを、コードのルールをもとに分解して、それらのつながりを考えていかなければならない。上に書いたとおり、そもそも最初のルールを把握する段階で失敗が起きているので、そこをパスしない限り動くことはない。まずはそこからである。ひとつひとつ丁寧に覚えたうえで練習を重ねればどうにかなるだろう。より簡潔なつながり、美しいつながりを求めるのはそのあとだろう。

自分が作ったシナリオを正直に正確に実行してくれるプログラミングは、自己反省にはもってこいである。書いてあることは実行し、書いていないことは実行しない、というのが徹底しているから、結局自分の間違いを認めざるを得ない。人間社会ではうやむやにしているちょっとした揺れやズレをプログラムは受け入れてくれない。どこまでも緻密に、論理的に思考することを求めてくる。1つの課題を完成させるまで、時間もかかるし頭もだいぶ使っている。でもその分、自分で書いたプログラムがちゃんと動いてくれるとすごく嬉しいのは確かだ。そしてまたその嬉しさを感じるために次の課題に取り組むのである。

2015/11/23

言語連想実験をやってみた

先日大学の実習で言語連想実験を行ったのだが、これがけっこうおもしろかった。言語連想実験とは、あらかじめ準備されていた刺激語(頭、水、炊く、牛など)を被験者に提示し、それぞれの刺激語から連想されることを答えてもらう、というものである。被験者がどのようなことを連想するか、答えを発するまでにどれくらい時間がかかるかなどを手がかりに、被験者のパーソナリティの特徴や内的に引っかかっている感情などを探っていく。心理学者のユングが臨床現場で用い、手法を確立した。ユング被験者の回答を分析するに際して注目したのは、反応の揺れである。他の単語よりも反応時間が遅れる、反応語を思いつけない、刺激語をそのまま繰り返して答える、刺激語を明らかに誤解する、再検査時に忘れる、同じ反応語を繰り返す、明らかに奇妙な反応をする、前の刺激語での反応を次の刺激語に反応する際に引きずる、などの反応の揺れに、被験者の無意識に潜むコンプレックス(感情複合体)が投影されていると考えるのである。


今回はじめて、実験者と被験者の両方を体験した。実験の仕方はいたって簡単。実験者は被験者に100個の刺激語を順番に提示していく。そのとき被験者は、それぞれの刺激語に対して、その言葉から連想したものを答える。深く考え込む必要はない。思ったことをそのまま言えばいいだけだ。実験者は、被験者が言ったこと(反応語)と反応時間を書き留めておく。100個全て終わったら、再生実験を行う。再生実験は、被験者が自分が発した反応語を覚えているかを問うものである。はじめに提示した100個を再度提示し、それぞれに対して自分が先ほど答えた反応語を言ってもらう。それで実験は終了である。

言語連想実験を実際に体験してみておもしろかったのは、自分がある語に対して何をどう連想し、何を声に出すかのプロセスを垣間見ることができたことである。まず実験者から刺激語を呈示されると、ほとんどの場合、その刺激語に関するイメージや経験がすぐに頭の中に広がる。自分になじみのある刺激語の場合はより早く強いイメージ、記憶に残っている経験が浮かんでくる。ちなみに、呈示される刺激語に意味の分からないものはなく、直感的に理解できる簡単な単語ばかりだった。そしてその、頭に浮かんできたイメージや経験をもとに反応語を発していく。浮かんできたイメージの特徴に関係する単語を発することもあれば(例えば、熊―茶色い)、その刺激語の内容を自分はどう感じているか(例えば、タバコ―嫌だを発した場合もあった。また、自分の経験をそのまま発したり(例えば、眼鏡―軽い。私のメガネは軽い)、単に一般的な知識として学習されたようなことを発したり(例えば、マリア―聖母)もあった。これらは、頭の中にスムーズにイメージが浮かび、ストレートに反応したものである。 

しかし、実際100個の単語で実験してみると、そうスムーズ&ストレートに反応できるものばかりではない。これがユングの重視する反応の揺れなのだろう。例えば、反応時間がほかの刺激語よりも長くかかった言葉のひとつに、「結婚式」があった。この単語を呈示されたとき、私は自分の中で激しい感情が喚起されたのを自覚した。なぜかといえば、結婚式にまつわる10年来の友人とのいざこざが原因である。このブログでも以前書いたが(http://yukiron.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html)、そのいざこざで私は、彼女に対する怒り、呆れ、10年来の友人であるにも関わらず彼女のハレの日をお祝いしなかったことの罪悪感、これで本当によかったのだろうかという疑念など、様々なものが混ざり合った感情を体験することとなり、どっと疲れた。j実験で結婚式という刺激語を聞いたときにまず連想したのは、これらの経験だった。だから言葉で発するのに躊躇し、どう言えばいいのだろうと言葉を選んだ挙げ句、発したのは「面倒くさい」であった。私は確かにこれらの自分の感情を扱うのに手を焼いていたし、当時よりは収まったものの、未だに思い出すと不快な気分になる。 もう1つ、反応時間が長く、感情が喚起されたと自覚した刺激語は「キス」である。この言葉を聞いたとき、少し気恥ずかしい気持ちになった。これは自分のこれまでの経験や、そのときの感情が実験者に漏れ出て伝わってしまうように感じたのかなと解釈した。ちなみに、私ははにかみながら「好き」と答えた…。

一方、感情を喚起され、かつ他と比べて反応時間が短かった刺激語もあった。「こわい」と反応した、「怒鳴る」「やくざ」「怒る」「教える」「ライオン」はその最たる例である。これまでの経験や得た知識から、これらのイメージに「こわい」という感情が結びつき、自分の中に刷り込まれているから素早く反応したのだろうと思った。こわいという感情は、自らを守るために必要不可欠な感情である。自分を守るためには、こわいものを迅速に判断し、さっさと防衛反応(撤退、フリーズなど)を表出したほうがよい。また、単純に反応時間が短かったものは、「お金持ち」と「教える」という刺激語であった。それぞれ、「うらやましい」「難しい」と反応していた。どちらの刺激語も最近の私にはとても馴染み深い言葉だ。現在私は、塾で英語講師として働いており、生徒たちを高得点へと導くことの難しさを感じている。英語が苦手な子たちの苦手意識はどこから来ていて、どうしたら取り払うことができるのか、中学生に理解してもらえるくらい分かりやすく説明するにはどうしたらいいか、どうしたら英語を好きになってもらえるか、など、日々試行錯誤中である。「お金持ち」については、貯金がどんどん減っていくことにかなり危機感を抱いているからにすぎない。節約生活を送っており、お金持ちの人を見れば、うらやましいと感じるばかりである…

他に、特に感情は喚起されなかったものの、反応時間がほかより少し長めだったものもあった。例えば「パソコン」と「インターネット」である。あくまでも推測にすぎないが、自分の視界にパソコンが入っていたことが連想の妨げになり、スムーズにいかなかったためではないかと感じている。あるいは、どちらも私にとっては馴染み深く、生活の必需品と化しているがゆえにたくさんのことが連想されてしまい、発声するどれを選ぶか無意識的に迷っていたのかもしれない。「雪」という刺激語でも反応時間が遅れたのだが、これは私自身が反応語を操作したためである。「雪」と聞いた時、白い」というイメージが浮かんできたのだが、「雪」より前に呈示された刺激語で「白い」があり、そこで「雪」と反応していたため、回答に躊躇した。なんとなく、同じにしてはいけないような気がしてしまったのである(もちろん、実験にそんな縛りはない)。そこで自分の名前がゆきであることに気づき「名前」と答えた。反応した後、ぎこちなさが残ってしまっていた。ちなみに、自分が発した反応語を再生する再生実験では、「雪」に対して「白い」と発し、そのあとすぐ、そういえば最初は「名前」と答えた思い出した。最初にいろいろ考えていたことが払拭され、自然に反応してしまったのだろうここからも、「名前」が直感的に出てきた反応ではないことが分かる。


以上が、私の被験者としての反応を自分自身でざっくり分析してみたものである。専門家が見たらどのような分析をするのか、少し気になるところだ。ただ、こういうのは分析者の主観によるところも多いのだろうなと感じている。自分が対象に対して普段感じている感情はもちろん、特段意識していない感情や思い、あるいは意識的に/無意識的に隠そうとしている感情や思いを知るきっかけを、言語連想実験は与えてくれる。

2015/11/03

ヨーロッパにおける動物観の変遷

※このテキストは、大学の「人間・文化・社会」(2014年前期)の講義の際に提出したレポートをリライトしたものである。

「動物園」は現代の私たちにとって馴染みのある施設である。子供のころ誰しも一度は動物園で動物を見たり、エサをあげたりしたことがあるだろうし、日本においては、上野動物園にパンダを一目見ようとたくさんの観客が押し寄せたことが記憶に新しい。動物園は私たちに、動物たちの暮らしぶりを知る機会や、余暇の楽しみを提供してくれる。しかし動物園がこのような、教育とレクリエーションの機能をもつようになったのは、近世の終わりから近代にかけてのことである。このころヨーロッパでは、近代動物園の走りとなる動物園が誕生した。1773年、フランス・パリの王立植物園に動物飼育施設が追加され、一般公開された「ジョルダン・デ・プラント」、1779年にオーストリア・ウィーンにて神聖ローマ帝国皇帝ヨーゼフ2世が一般公開した、「シェーンブルン動物園」、1827年にロンドン動物学会がイギリス・ロンドンに設立した「ロンドン動物園」である。しかし、これらの動物園の原型は古代までさかのぼることができるという。本レポートでは、中世から近代動物園が誕生したころのヨーロッパにおける、動物園に象徴される動物観の変遷を論じたいと思う。

富や権力の象徴としての「動物コレクション」 
ヨーロッパにおいて、動物園の原型ともいえる、野獣や珍しい動物を自国、他国から集めた「動物コレクション」(溝井 2014.p.18)は、古代から中世にかけて存在していた。「動物コレクション」の目的は、権力者たちが自分の富や力を内外にアピールすることである。裕福でなければ動物を飼うことはできないし、他国とのつながりがなければ珍しい動物を集めることはできない。 
中世ヨーロッパでは、王侯貴族や聖職者が所有する動物コレクションが存在した。神聖ローマ帝国のカール大帝(742-814)は、イスラム帝国からゾウやサルを、カイロからライオンやクマを受け取っている。また、同じく神聖ローマ帝国のフリードリヒ二世(1194-1250)は、イタリアのパレルモ、ルチュ―ラ、フォッジャなどに大規模な動物コレクションを構えていた。他国との動物も交換を積極的に行ったほか、他地域に訪問する際にライオンやトラ、ラクダなどを引き連れていたという。イギリスでは、ウィリアム一世(1028頃-1087)の時代から外来動物が集められ、ヘンリー一世(1069-1135)、ヘンリー三世(1207-1272)へと引き継ぎながら規模を拡大し、ロンドン塔で飼育されていた。フランスでも複数の王が城で動物を収集し飼育していた。ルネ・ダンジュー(1409-1480)はアンジェ城にライオン舎や小型哺乳類、有蹄動物、ダチョウ、大型鳥類の飼育施設、水鳥用の池などを保有し、専門の飼育人たちが世話をしていた。また、使者を派遣して、北アフリカや地中海東部沿岸地方で動物の購入を行っていた。 
ここから読み取れる動物観は、「自然界において動物は人間よりも絶対的に下位であり、支配の対象である」という思想である。この動物観はキリスト教が普及し、勢力を強めていくなか、より強固なものになっていったと思われる。政治と宗教が強く結びついていた当時、動物コレクションを有する権力者たちとキリスト教のつながりは深く、聖書での人間による動物支配の明文化によって(旧約聖書・創世記には、神は自身の姿に似せてひとを作り、ひとに動物たちを支配させる旨の記述がある)、動物は人間のために利用されて当然とみなされていたと考えられる。

見世物としての「メナジェリー」 
近世になると、動物コレクションは動物たちを見世物として収集、展示する「メナジェリー」へと変化した。フランスのルイ十四世(1636-1715)は、ヴェルサイユ宮殿の庭園にメナジェリーを設立した。パビリオンから、7つの区画に分けて配置された動物たちの飼育舎を眺めることができるように設計されており、鑑賞に特化していたという。飼育舎には、ヒツジや水鳥、外来の鳥、ジャコウネコやキツネ、ウシやクジャク、マングースなどがいた。また珍しい動物の収集も熱心だったようだ。オーストリアのシェーンブルン宮殿にフランツ一世(1708-1765)が設立したメナジェリーは、現在のシェーンブルン動物園の中核を成している。放射状に広がった13の飼育舎を所有していた。これらのメナジェリーは動物研究に利用されることもあった。フランス・ヴェルサイユのメナジェリーでは1669年から1685年にかけて90種類の動物たちの解剖が行われ、動物の生態や特徴、内臓のスケッチなどの詳細な記録が残された。 
一方、オランダやイギリスでは、民営のメナジェリーが誕生した。民間のメナジェリーは商売目的で運営していた。集客のため、階級の低い層のための安い料金や子供料金、学生割引、複数回入場券などを用意し、宣伝やイベントなども盛んに行っていたようだ。巡回するメナジェリーもこのころヨーロッパで普及しており、巡回メナジェリーは「人びとの教育のためと称して、珍しい動物を大量に人びとに見せていた」(溝井 2014.p.127)という。 
このころ、動物は引き続き人間から支配され、利用される対象だった。動物コレクションに見られた個人の力のアピールに加え、商用も進む。飼育された動物は、メナジェリーの登場で多くの人びとの目に触れることとなり、動物への興味・関心は一般大衆にまで広がっていった。そして、生活に余裕のある大衆を中心に、楽しみのために動物と関わる、という動物観が普及し始めたと言える。また一方で、自然に関する知識が増え、科学技術の発展が進んでいった時代でもあり、様々な種類の生きた動物を目の当たりにしたり、解剖したりして動物についての知識が増えるにつれて、古代ギリシアで見られたような客観的に観察、分析する対象として動物を捉える姿勢が根付く。古代ギリシアでは、一部のギリシア人は動物を研究対象として捉えており、ヒポクラテス(前406頃-375頃)は、動物を陸上、水棲、飛翔動物などに分類し、アリストテレス(前384-322頃)は動物たちを観察し、様々な基準によって分類したものを『動物誌』という本に記載した。古代ギリシアでのこのような動物観は、当時自然哲学が盛んに行われていたことと関係があると思われる。メナジェリーが各地で広まっていったころのヨーロッパでも、知識人の間で「動物とは何か」の考察が進むこととなり、人間と動物の違いについて複数の説が現れた。

教育・研究色が強まった「動物園」 
メナジェリーは近代に入り、教育・研究色が強まった動物園へと徐々に変化していった。先に挙げた、パリの「ジョルダン・デ・プラント」のコンセプトは「新しい自由国家と新しい科学意識の象徴」(溝井 2014.p.145)であり、多様な動物を広い空間に集め、種ごとに分類、記録していくことが目的だった。この時代に誕生したロンドン動物園は、1825年に発表した設立趣意書の中で、設立目的を下記のように残している。「長年、博物学の研究者にとってはなはだ遺憾であったことは、動物学の教育・研究のための大規模な施設がないことと、動物の本性、特性、修正を研究できる生きた動物のコレクション、すなわち公共の動物園がないことであった。(略)つまり、世界中から集めた動物は、低俗な感嘆をよびおこすためではなく、科学研究の対象として用いられるか、あるいはなんらかの有益な目的にあてられるだろう・・・」(G・ヴェヴァーズ 1979.p.17-18)外来種の動物も含め、ゾウやトラ、ハイエナ、ラマ、ワタリガラス、ワシ、オオヤマネコ、オランウータンなどが飼育され、特権者階級から労働者階級まで、あらゆる階層の人々の娯楽の場ともなった。 
1907年、ドイツのハンブルグにカール・ハーゲンベックが開園した「ハーゲンベック動物園」も代表的な近代の動物園である。檻を使用せずに濠や岩で区切った場所で動物を飼育する「無柵放様式」と呼ばれる展示方法を自身の動物園に取り入れ、観客たちに野生に近い環境で動物たちが暮らしているさまを見せた。また、彼は動物と人間を同じ存在として扱い、調教の際には鞭やこん棒などで暴力をふるいながらではなく、良い芸をすれば餌を与え、悪い芸をすれば叱るという、飴と鞭戦略で調教したという。 
近代の動物園を通して見られる動物観は、メナジェリーを通して見られた動物観を踏襲している。動物を研究対象として捉える姿勢と動物を娯楽のための手段として捉える姿勢が広く普及した。動物は引き続き人間の支配下にあるが、動物への客観的な理解が進み、動物を、単に人間に従属するものとして好き勝手に扱うのではなく、人間が持つような命を持つ存在として認識し、扱う思想が見られる。 
以上のことから言えるのは、動物たちが、個人の力をアピールするという目的のもと主に権力者個人に利用されるものから、一般大衆の楽しみや教育といった公の目的で利用されるものへと変化した、ということだ。そして、キリスト教思想と科学の発展を背景に、動物観も変化していった。つまり、キリスト教思想のもとに形作られた、人間は動物に対して絶対的優位であるために、動物を好き勝手に扱ってよいという思想は、動物についての客観的な知識が増すにつれて、人間が人間に対して持つ倫理観を動物たちにも適用し、動物たち自身の特性や生態を考慮して扱うことへと変化していったのだ。 


参考文献 
溝井裕一『動物園の文化史 ひとと動物の5000年」勉誠出版、2014年 (http://www.amazon.co.jp/dp/4585220828
H・デンベック、小西正泰訳『動物園の誕生』築地書館、1980年 (http://www.amazon.co.jp/dp/B000J85TDQ
G・ヴェヴァーズ、羽田節子訳『ロンドン動物園150年』築地書館、1979年(http://www.amazon.co.jp/dp/B000J8JPS6) 

2015/10/15

朝ドラとたくましい女性たち

新しい連続テレビ小説「あさが来た」が始まった。始まって2週間ちょっと、毎日見るのが楽しみになってきた。「あまちゃん」の再放送が終わってちょっと寂しかったから、毎日楽しみにできる朝ドラがまた始まって嬉しい。そう、私は朝ドラが好きなのだ。

とはいえ、私が朝ドラを好きになったのは最近のことである。これまでに全話観た朝ドラは3つ、「梅ちゃん先生」、「マッサン」、「あまちゃん」だ。「あまちゃん」は毎話毎話おもしろかった。なんといっても登場人物たちの掛け合いがおもしろい。観ているうちにどんどんはまってしまった。それぞれのキャラクターが強烈で個性派ぞろい、しかも人懐っこい。実際にいたら会ってみたい人たちばかりである。特に勉さん、大吉さん、夏ばっぱ…。この半年、「あまちゃん」でときには大笑いし、ときには感動し、登場人物と自分を重ね合わせて共感し、挿入歌の「潮騒のメモリー」までつい口ずさんでしまう日々を過ごしていた。

「あまちゃん」は好きな朝ドラだ。だが、実は私は「あまちゃん」以上に「梅ちゃん先生」が大好きだ。朝ドラが好きになったのも「梅ちゃん先生」がきっかけだった。「梅ちゃん先生」は、戦前の東京・蒲田に生まれた梅ちゃんが、町医者として地域の人たちの支えになるまでを描いた、女性の半生物語である。小さい頃からドジで失敗ばかりだった梅ちゃんが、医者になろうと決意、周りで起こるいろいろな問題に対処しながら医者として活躍する。失敗ばかりでもあきらめないし、周りで起こる問題には時間をかけても丁寧に対処する。人を大切にし人と一緒に生きていく。そしていつも自然体――そんな梅ちゃんのキャラクターが大好きだ。

私は昔、強い女性になりたいと思っていた。私が当時イメージしていた強い女性像…それは、いろんなことができて困難をものともせず乗り越えていくような、スーパーウーマンだった。でもそれは現実的でないことがわかった。1人ができることなんてたかが知れてて、困難にぶつかれば、大変!辛い!と思って立ち止まるほうが自然。私がイメージする強い女性の像は変化していった。今その像は、強いという表現より「たくましい」という表現のほうがしっくりくる。目指すところに向かってしぶとくやり続ける、かといってそれ一筋、それしかしませんではなくて、日常生活の他のもろもろのこととか周りの人のこととかも考えることができる、そして自然体でもある。そんな女性がいいと思う。私にとって梅ちゃんは、たくましい女性の一例である。今期始まった朝ドラ「あさが来た」の主人公あさも、そんなたくましい女性を彷彿とさせる。だから毎日見たいと思うのだろう。そういう女性を見ていると、私もがんばろう!って気持ちになる。力をくれる。

朝ドラの女性たちのことを考えていたら、少し前にとてもはまってヘビロテビデオを思い出した。スプツニ子!氏の「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」のMVだ。


世界で初めて月面にハイヒールの足あとをつけることを目指して、夢中でローバを設計するおしゃれな可愛い女の子。このビデオも、私に力をくれる。

2015/10/04

記憶の失敗を考える

※このテキストは、大学の「認知心理学」の講義(2015年度前期)に最終レポートとして提出したものをリライトしたものである。

「ちゃんと覚えたはずなのに思い出せない」「相手に話したと思っていたのに実は話していなかった」など、記憶のあいまいさが露呈する出来事は日常生活でよく起こる。先日映画を見たときもそのような出来事が起こった。映画「ブレードランナー」を見ていたのだが、この映画には折り紙で折られた動物が登場する。登場人物の1人が訪れた場所で折り紙を折り、作ったものを置いていくのである。私は映画を見終わったあと、前にその映画を見たことがある友人と、折り紙の動物について話をした。映画のラストシーンで登場した折り紙の動物は何だったか。私は、それは確か鶴じゃなかったかな…と思った。しかし友人は、鶴じゃなかったはずと言いつつ思い出せない様子。実際にラストシーンをもう一度見てみると、四足で額に角の生えた動物、ユニコーンだった。私たちはラストシーンで折り紙の動物が登場したことを認識しており、しかも動物は画面に数秒間映っていたから、覚えるには十分な時間だったはずである。さらに、その動物は明らかにユニコーンだと分かる形態をしていた。それなのに私たちは2人とも正確に記憶していなかった。記憶の過程で何らかの失敗が起こったのである。そこで、これまで認知心理学で提唱されてきた理論を元に、記憶の失敗について考えていきたい。


記憶の2つの考え方
まず、記憶の失敗を考えるうえで指針となる考え方を2つおさえておく。1つは記憶の3つの段階である。記憶とは、刺激を取り入れて記憶痕跡に変換、貯蔵し、その記憶痕跡から情報を取り出す一連の過程を指す。それぞれの段階は、符号化、貯蔵、検索と呼ばれている。記憶過程の3つの段階に沿って上記の出来事を分解すると、折り紙の動物が登場するラストシーンを見て記憶するのが符号化の段階、見終わったあとに折り紙の動物が何だったかを話すまで記憶を保持していたのが貯蔵の段階、記憶をたどって情報を取り出し、何の動物だったかについて話すのが検索の段階といえる。
記憶についての基本的な考え方のもう1つは、AtkinsonとShiffrinが提唱した記憶の三重貯蔵庫モデルである。どのくらいの時間記憶を保持しておくことができるかという点から記憶を分類したもので、1秒以内のごく短い時間保持する感覚記憶、数秒間記憶を保持する短期記憶、数分から数年にわたっての長い時間記憶を保持する長期記憶の3つに分けられる。感覚記憶は、環境から感覚器官を通じて取り入れたすべての刺激を貯蔵する場所と考えられている。一時的に保持された感覚記憶のうち、注意が向けられた情報のみ短期記憶に移行する。つまり、意識が向いている情報が短期記憶に貯蔵されるということである。さらに、短期記憶でリハーサルされた記憶や、何らかの意味を持たせる、視覚的表象と対応させるなどして精緻化された記憶は、長期記憶へと移行する。長期記憶の容量はいくらでも増やすことが可能である。記憶の三重貯蔵庫モデルを使って上記の出来事を解釈すると、まず感覚記憶においては、見た映画のラストシーンの情報がすべて符号化、保持されている。そして保持された感覚記憶のうち、注意を向けていた情報のみが短期記憶へと送られ、そこで符号化され保持される。そして保持された短期記憶のうち、特に印象的だった情報や何度も思い返したりした情報、思考対象となった情報が長期記憶へと送られ、符号化、保持される。短期記憶、長期記憶へと送られる情報は、登場した人物やもの、背景、流れていた音楽など、映画のラストシーンに関するあらゆるものが考えられる。そして、何の動物だったかの話をしているとき、長期記憶に保持されている情報が検索されるのである。
私も友人も、何の動物だったかの正確な記憶を持ちあわせていなかったわけだが、これは短期記憶や長期記憶において、符号化、保持、検索のどこかの段階で何らかの失敗が起こったからだと考えられる。言い換えれば、感覚記憶から短期記憶、長期記憶へと移行し、情報が言語化されて取り出される過程で、そもそも正確に符号化されていなかった、符号化された記憶を忘却してしまった、貯蔵されていた記憶を適切に取り出すことができなかったなどの失敗が起こっていたということである。これらについて詳しく見ていこうと思う。


符号化段階における失敗
まず短期記憶における符号化の段階では、そもそもその情報に注意が向けられていたかどうかが重要である。注意を誤ると符号化される情報が異なり、思い出したい記憶を思い出せないということになるからである。注意の機能的特徴は選択性と有限性である。私たちは常にたくさんの情報の中から認知する情報を取捨選択し、限られた注意資源を、認知した情報に対して必要に応じて分配しながら生きている。どのような情報を選択し、どのように注意資源を分配するかについては個々人によって異なるものの、私たちは環境からの刺激に対して能動的に関わっている。このことは、Baddeleyによってワーキングメモリという概念を使ったモデルでも示されている。ワーキングメモリとは短期記憶における情報処理の側面を強調するニュアンスが含まれた構成概念である。ワーキングメモリは、言語情報を保持したり操作したりする音韻ループと、視空間情報を保持したり操作したりする視空間スケッチパッド、さらに音韻ループと視空間スケッチパッドでの情報処理を互いに関連付けるエピソードバッファー、そしてこれらの下位機構の情報処理の制御に関わる中央実行系から成るとしている。これらのことから、適切な情報に対して適切な処理資源の配分、および適切な貯蔵や操作がなされないとき、記憶の失敗が起こりやすくなるといえる。
符号化における失敗としてもう1つ考えられるのは、符号化する際にどのような解釈が加えられたかということである。これにはスキーマが関わっている。スキーマとは、事物を認知したり理解したりするうえでの枠組みのようなもので、これまでに経験してきた出来事や事物の一般的な展開や状態に関する知識などから構成される。外部からの情報を認知し記憶する際、このスキーマから逃れることは不可能である。出来事がスキーマに基づいて解釈されるとき、事実とかけ離れた内容で符号化されてしまうと記憶の失敗が起こることになる。
スキーマは符号化の段階だけでなく、貯蔵、検索の段階でも記憶に影響をおよぼすことが知られている。いくつかの実験で、経験した出来事がスキーマと一致しているか、逸脱しているかによって記憶が影響を受けることが明らかになっている。AlbaとHasherは、選択(事実に含まれるあらゆる情報の中からスキーマに沿った情報を選び記憶痕跡を形成する)、抽象化(経験した出来事の詳細が失われ、一般的なスキーマに含まれている情報が保持される)、解釈(スキーマに基づいて事実が解釈されることで、不明瞭な部分の明確化、欠落部分の補完、複雑な部分の簡略化が起こる)、統合化(事実とスキーマ、解釈が統合され、それぞれの区別がつきにくくなる)、検索(スキーマに沿った情報が検索されやすくなる)の5つをスキーマの記憶への影響として挙げている。
感情も符号化の段階で記憶過程に影響を及ぼすことが知られている。Christiansonが提唱した、注意集中効果と呼ばれるものがその1つで、感情を喚起するような衝撃的な出来事、重大な出来事を目撃したとき、感情を喚起させた中心情報の記憶は促進されるが、それ以外の周辺情報の記憶は抑制されるというものだ。これは注意資源が感情を喚起させた中心情報により配分されることによって生じるとされている。つまり、記憶の失敗が起こった場合、その記憶へと変換される前の元の刺激は、強い感情を喚起するものではなかった可能性がある。


貯蔵段階における失敗
貯蔵段階では忘却による記憶の失敗が主である。まず短期記憶においては貯蔵できる記憶の容量は限られている。記憶範囲はチャンク数で7±2個が短期記憶の限度とされている。そして、短期記憶に貯蔵された情報は後続処理(リハーサル)が行われなければ忘却してしまう。忘却は、時間の経過とともに記憶痕跡が消失すること、短期記憶に新しく入ってくる情報によって先に貯蔵されていた情報が置き換わることによって起こる。一方、長期記憶においては貯蔵できる記憶の容量に制限がない。よって私たちが忘却とみなしているほとんどは、適切な情報を検索し損なうことによるものだと考えられている。


検索段階における失敗
検索段階における失敗は、主に長期記憶に貯蔵されている記憶に対して起こる。失敗の要因は、適切な検索の手がかりが見つけられないことと、思い出そうとする記憶に、検索の際にはたらく前後の記憶や感情、検索手がかりなどの要素が干渉することである。適切な検索の手がかりの有無による検索の影響については、被験者に単語を記憶してもらう実験で、再生テストの際に適切な検索手がかりが与えられたグループは、与えられなかったグループよりも多くの項目を再生したという結果がTulvingの行った実験によって示されている。このことから、記憶実験において再生検査よりも再認検査のほうが良い成績になりやすいのは、被験者に検索の手がかりが与えられるからだといえる。
検索の手がかりは、検索しようとする記憶と関わりのある事物だけではない。検索しようとする記憶が符号化されたときの状況や状態などの文脈も手がかりとなることが実験で明らかになっている。GoddenとBaddeleyは、単語の記憶実験で被験者を2つのグループに分け、片方には海岸で、もう片方には海中で単語学習をさせた。その後それぞれのグループをさらに2つの小グループに分け、片方には海岸で、もう片方には海中で再生検査をした結果、単語学習をした場所と再生検査をした場所が一致していたグループは、そうでないグループよりも多く再生できたという。また、Eichは、マリファナの影響下にある被験者とない被験者に単語を学習させた後、それぞれの被験者にマリファナの影響下にある状態、ない状態で学習した単語の再生検査を実施した。この実験でも、学習時と再生時に同様の状態にあるほうが同様の状態にないほうよりも単語の再生量が多くなったという。
検索段階の干渉にはいくつかの種類がある。1つは、記憶間で干渉が起こるパターンである。検索しようとする記憶に対して、その記憶よりも後に符号化された記憶が干渉することを逆向干渉、その記憶よりも前に符号化された記憶が干渉することを順向干渉という。先の出来事を例に挙げれば、ラストシーンより後の刺激(例えばエンドクレジット、友人と感想を言い合ったことなど)によってラストシーンの記憶が干渉されていたなら逆向干渉、ラストシーンの前の刺激(例えば折り紙の動物を残していった人物が、それ以前のシーンで折っていたもの、ラストシーンに至るまでのストーリー展開など)によって干渉がおこっていたなら順向干渉ということになる。
感情も記憶の検索に干渉する。Holmesによれば、不安や恐怖などの否定的な感情によって検索しようとすることとは無関係な考えが喚起され、その考えが検索に干渉し、記憶の失敗が起こるのである。

以上、記憶過程において何が記憶の失敗をもたらしうるかについて見てきた。記憶の失敗は、記憶の符号化、貯蔵、検索の段階で、注意の選択性と有限性、スキーマに基づいた解釈、不十分なリハーサルによる忘却、適切な検索手がかりの欠如、他の記憶や感情による干渉によって生じる。
これらをふまえて先に述べた出来事についてもう一度考えてみたい。私と友人は、記憶のどの段階でどんな失敗を犯したのだろうか。私はこの問いに対して明確な答えを出すことができない。なぜなら私が今はっきり自覚しているのは、折り紙の動物が何だったか2人とも覚えていなかったという事実だけだからだ。その時のことをある程度覚えているにしても、記憶の不安定さを知った今となっては、内容が不確かのように感じる。しかもこの出来事は日常の一コマであり、記憶に関する実験のような統制が全く行われていない。この状態でどんな失敗かを明確にするのは不可能と思われる。
しかしあえて私がどんな失敗を犯したのか推測するならば、鶴だと記憶していた私は、符号化の段階で失敗した可能性が高い。折り鶴は、日本人のほとんどが最初に思いつくだろう折り紙で折られる動物である。私がラストシーンで折り紙の動物を見たとき、その動物にあまり注意が向いていなかったためスキーマによって誤った解釈を行い、そのまま保持された、もしくは見た瞬間にスキーマによる解釈が働いてしまったために、折り紙の動物に十分な注意が向かず、誤って符号化、保持されたのかもしれない。感情による干渉という点から考えれば、折り紙の動物は日本の文化になじんでいる私にとっては見慣れたものである。だから折り紙の動物を見たとき、強い感情は特に喚起されず、符号化に失敗したのかもしれない。また、ブレードランナーのストーリーは単純明快ではなく、映画の冒頭から話の展開についていくのに必死だったため、ラストシーンでは利用できる注意資源がほとんどなかったからなのかもしれない。さらには、逆向干渉による記憶の失敗も考えられる。映画を見終わった後、友人と映画のストーリーや印象に残ったシーンなどを話した後、折り紙の動物の話になった。友人との会話の記憶が干渉し、折り紙の動物が正しく検索されるのを妨げたのかもしれない。

起きてしまった記憶の失敗を検証することは困難であるが、記憶の不安定さや、どのようにして記憶の失敗が起こるのかを理解しておくことは、日々生活していくうえで役に立つと感じている。


参考資料
中島義明ら編「心理学辞典」(http://www.amazon.co.jp/dp/4641002592
渡部保夫監修「目撃証言の研究 法と心理学の架け橋をもとめて」(http://www.amazon.co.jp/dp/476282206X
福田由紀編、「心理学要論 こころの世界を探る」(http://www.amazon.co.jp/dp/4563052159
Susan Nolen-Hoeksema, Barbara L. Fredrickson, Geoff R. Loftus, Willem A. Wagenaar,内田一成監訳「ヒルガードの心理学 第15版」(http://www.amazon.co.jp/dp/4772412336

2015/09/28

読書記 福島智「ぼくの命は言葉とともにある」

ここ最近、都内のいくつかの本屋さんでこの本(http://www.amazon.co.jp/dp/4800910722)が平積みされているのを目にしていた。表紙のインパクトが強く、印象に残ったのを憶えている。しかし私はこの本を手に取らなかった。というのも、私はこの手の本が好きではないからだ。本のタイトルや表紙から、中に書かれているのはきっと美談であること、感動間違いなしであることを彷彿とさせる本、そういう本が私は苦手である。本に限らず映画でもそういうのは避ける。友人に言わせればそれは、そういう話を読んだり見たりすると、自分の汚い部分や醜い部分を見ざるを得なくなるからだとのこと。…そうかもしれない。だが一昨日、ちょっとしたいきさつからこの本を読むことになった。一気読みできるほどの軽い文章ではなく読むのに時間がかかった。そして、他者とのコミュニケーションや言葉について考えさせられた。

「自己の存在を実感するのに他者の存在が必要」。福島氏が、実感をともなって気づいたことの1つである。他者の存在がなければ自己の存在を実感できないなんてこと、今まで私にあっただろうか。私にとって自己の存在はむしろ、1人のときに実感することが多い。例えばご飯を食べているとき、どこかへ出かけようとしているとき、眠いなと感じているとき、何か書き物をしているとき、これから私はどう生きていこうと悶々としているときなど、自分が1人のときに何かを感じたり、考えたり、行動したりするとき、自己の存在を実感する。他者といるときにも自己の存在を実感することはある。その場合の多くは、他者と意見や好みが食い違ってけんかになったり、誰かと一緒にいるのに、その空気に入ることができずぽつんと取り残されたような感覚を感じるときなど、他者と自分との間に距離を感じるときである。これもある意味、自分が1人のときなのかもしれない。他者との関係から離されたときに感じているからだ。この違いはどこにあるのかを考えると、福島氏と私の置かれている状況が大きく異なるということが理由の1つだろう。目や耳を不自由なく使えている私には、外部から何らかの刺激を受けてそれに反応する生活がデフォルトである。だからそれから少し距離をおいたときに初めて自己を実感することとなる。しかしそれ以上に、「人は1人で生きているわけではない」という当たり前すぎるくらいの事実が、日常生活で私の意識からすっぽり抜けてしまっていることも理由の1つだろう。私はこの事実を誰かに言われたときにはっと思い出す。お金を稼いで生計を立て、一通り家事をこなし、したいことをする生活は、私は1人でもいろいろなことができる、という錯覚を起こさせる。でも実際は、1人でもいろいろなことができるなんてことはないのだ。お金を稼ぐことは、誰かが私の能力を買ってくれなければ成り立たない。家事だって料理1つとっても誰かが野菜や肉を生産し、調理道具を作り、店でそれらを販売してくれなければ成り立たない。したいことをすることだって、誰かがそれをするのに必要なものを用意しているから成り立つのである。自分のしていることやその行為に必要なものの奥行きを見ようとすればするほど、誰かとのつながりの中で生きていることを感じざるを得ない。常に何らかの形で他者とコミュニケーションしながら生きていると感じざるを得ない。そのことを実感を持っていつも意識のどこかにとどめておくことができたらと思う。

彼の文章を読んでいると、1つ1つ彼の内から丁寧に紡ぎ出された言葉だということが伝わってくる。1つ1つに彼の実感が込もっており、深く温かい。そして、感じたことや考えたことを誠実に表現していると感じる。私も言葉をこういうふうに使いたい。私は誰かと話をしているとき、自分のことを表現するのに難しさを感じたり嫌になるときがある。伝えるのに適した言葉が見つからなくて困ることがある。はっきりと言いづらくてお茶を濁すような言い方をしたり、だんまりしてしまうこともある。このままじゃいかん、たとえ時間がかかっても自分の内から言葉を紡いでいきたい。この本を読んで強く思った。


この本で引用されていた、吉野弘氏の詩「生命は」に心がギュッとしめつけられた。このブログにも引用しておこうと思う。

「生命は」 吉野弘

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしもらうのだ
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

2015/09/22

本レビュー ミック・クーパー「エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究 クライアントにとって何が最も役に立つのか」

心理臨床家のミック・クーパーによる著書、「エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究 クライアントにとって何が最も役に立つのか」(http://www.amazon.co.jp/dp/4753310396)を読んだ。現在心理臨床の領域では、サイコセラピーがいくつも存在し、カウンセリングもセラピストにごとにいろいろなやり方でなされている。それらは実際、精神疾患を抱えたクライアントの治療に役に立っているのか、役に立っているならば、それは何の/誰の何に起因するのか。これまでに公にされてきたセラピー・カウンセリング関連の大量の論文に掲載されているデータをメタ分析することでこれらの問いに答えていこうという本である。

カウンセリング、サイコセラピーはクライアントに対して役に立っているのか?私もこの問いについて考えてみた。私はカウンセリングやセラピーを受けたことがないから、あくまでも自分が何らかの精神疾患を抱えてカウンセリングやセラピーと受けることを想像して考えているにすぎないのだが、自分の話を聞いてくれる人がいて、症状改善へと進むのをサポートしてくれたなら、私は安心感をおぼえいくらか安定するだろう。家族や友人、恋人など、自分との距離が近い人には言いづらいことでも、自分と距離のあるカウンセラーやセラピストには、言いやすいというのもあるかもしれない。しかもカウンセリングやセラピーにお金を支払っているわけだから、なおさらである。しかしここには、私がカウンセリングやセラピーによって自分の症状を改善することを望んでおり、担当のカウンセラーやセラピストとの相性がよい、という前提が横たわっている。もし、私が自分の症状について特に不満がなかったり、症状があることにもあまり気づいていないときはどうだろう。カウンセラーやセラピストの介入は迷惑に感じるだけで、新たな問題を起こすきっかけになるのではないか。カウンセラーやセラピストとの相性が合わない場合も同様であろう。そう考えると、クライアント自身の症状に対する理解と今後どうなりたいかという意思、カウンセラーやセラピストとの人間関係は、カウンセリングやサイコセラピーがクライアントにとって役に立つかどうかの鍵を握っているように思える。また、カウンセリングやサイコセラピーの効果は、クライアントが実際にカウンセリングやサイコセラピーを受けているときにのみ測られるものではないと思う。たとえカウンセリングやサイコセラピーによって精神の安定を得たとしても、その状態がカウンセリングやサイコセラピーを終了したあとも続かなければ、クライアントの役に立ったとは言えないだろう。なぜなら、カウンセラーやセラピストに頼り続けることは、たいてい不可能だからだ。カウンセリングサイコセラピーを受けている間に、自分で自分を立たせ持ち直す力を養っていくことができるのか、それによってもカウンセリングやサイコセラピーの効果が測られなくてはならないだろう。

では、著者はこの本でどのような結論を提示しているのだろうか。カウンセリングやサイコセラピーの効果に関するこれまでの研究は、大きく分けると、カウンセリングやセラピー全般に関わるもの(セラピーでどのくらいのクライアントが良くなるのか、セラピーの費用対効果、セラピー効果の持続性など)と、考えられる特定の要因に焦点をあてたもの(クライアントの属性や特徴、クライアントのセラピーに対する期待、セラピストのパーソナリティ、クライアントに対するセラピストの関わり方、セラピストとクライアントの関係の質、特定のセラピーの技法の効果など)がある。これらの研究をメタ分析した著者によれば、「カウンセリングは有効」だそうである。これは、カウンセリングやセラピーを受けた人は、そうでない人に比べて最終的に苦悩が少なくなっていること、さまざまな心理的苦悩に対して、カウンセリングやサイコセラピーは薬物と同等に効果的であり、長期的に見れは薬物よりも効果的であることを意味している。

先に私が述べた、クライアントの意思やセラピストとの相性、セラピーによる自助効果に関係のありそうな研究もこの本でいくつか紹介されている。これまでの研究で、クライアントのセラピーへの積極的な参加の度合いは結果を予測するうえでの最も重要な決定因の1つであることや、クライアントのセラピーに対する内発的/自律的な動機付けの水準とセラピーの結果とは特に関連が高いとされている。また、クライアントとセラピストの治療同盟(治療同盟:セラピストとクライアントの間に生じる以下の要素の質や強さ:セラピーの目標の合意、セラピーにおける行動やプロセスについての合意、肯定的で情緒的な絆の存在)によって、全セラピー結果における肯定的な変化の約5%が説明できることが示唆されているという。一方、私はとても興味深いと思ったのだが、適正処遇交互作用(ある性質や特徴をもつクライアントは、ある様態のセラピーにおいて、その他のセラピーよりも成果を上げるという考え方、p.73)を裏付ける結果となった研究はあまりないようである。さらに、セラピー後のクライアントの状態については、セラピー終了時に良い成果をあげていたクライアントはセラピー終了後6ヶ月、1年時の再調査時に良い状態にいる傾向にあり、セラピー中少ししか改善しなかったクライアントは再調査時にもあまり改善が見られない、という結果が出ている。

この本を読んでいて新しく知った概念の1つに、「ドードー鳥の判定」というものがあった。これは、「さまざまなセラピーが、効力や実効性においてほぼ同等であるという主張」(p.66)である。一口にセラピーといっても、異なる技法や理論に基づいたさまざまなセラピーがある。複数の研究を俯瞰してみたとき、相対的にはどのセラピーを施しても特定の精神疾患への効果に大差はないというエビデンスがこれまでに多く示されているようだ。この「ドードー鳥の判定」には反対派も存在し、決着はついていない。

2015/09/16

田舎と私と東京と

ここ1年くらい、田舎に帰りたいなと思うようになった。自分の生まれ育った茨城県、実家に帰ってそこで暮らすのもいいかもしれない、そんなことも考える。周りは田んぼだらけ、ちょっとした買い物に行くにも車が必要不可欠、刺激的なものは特にないし、イベントといえば夏のお祭りくらいか、というところだが、そういうのを心地よく感じる私がいる。東京を基盤とする生活を続けて11年半、田舎を愛おしむことなんて今までなかったから、自分の変化に少し驚いている。

そもそも私は、田舎の窮屈さと何もなさが嫌で、また親から離れたくて東京に出てきたクチである。高校を卒業するとき、もうこんなところにいたくないと思って東京の大学を受験し、一人暮らしをしたいと親に言い続けた。親は最初反対したが、そのころの私は今より頑固で我を押し通すきらいがあったから、最終的には親が折れて私を東京に行かせ、経済面でも支えてくれた。私が東京で生活を始めたのは、2004年の春である。

先日友人と話をしていたとき、話の流れで「田舎から東京に出てきてすぐのとき、どんな感じだった?」と聞かれた。私はこれまで多くの人にこの質問を聞かれ、何度も答えたことがある。そのときに決まって思い出すのは、初めて大学に行った日に感じたことである。大学は幹線道路の近くにあり、その日人で溢れかえっていた。私は「人の多さと排気ガスの匂いが不快だった」といつものように答えた。しかし答えたあと、「不快だっただけじゃない。私はそれに圧倒され、恐怖を感じたんだ」と思い至った。自分の中の不安な気持ちや満たされない気持ちはここから来ているのかもしれないと思った。そして今までの自分を振り返り、「東京に圧倒され、恐怖を感じた私」はこれまで、それに負けまいと不自然に力みすぎ、そういう態度が癖になってしまったところがあるのかも、と感じ始めた。東京のみんなについていかなくちゃ…東京で何かを成し遂げなくちゃ…ばかにされたくない…そんなことを心のどこかで感じながら、意地を張ったり、余計な気を回したり、ムダに頑張ったりしていたところがあるかもしれない。自分の弱さや足りなさを埋めるよりも、取り繕うことに執心していたのかもしれないと思った。

最近、親に対する感情も変化している。親から離れたくて東京に出てきたと先に述べたが、あのころの私は親からの心配、干渉、保護がうざったいと思っていた。何かといえば電話してきたり私の家に来たりする親に疲れていた。だから正直帰省もしたいとあまり思わなかった。でも今は、帰省する時間を確保し、親に会いたいと思う。そして帰省したら、親と一緒にするささいなことを大切にしようとする自分がいる。買い物に行ったり、散歩をしたり、家の手伝いをしたり。それは、親が老いていくのを帰る度に感じるようになったことが大きい。体の調子が悪いと訴えてきたり、昔よりも反応が鈍くなっていたり、親が死んだ後私が困らないようにと、家の中を整理し始めたり。顔や髪にも老いが表れている。そんな親を見ていると私は切なくやるせない気持ちになる。時間が止まってほしいと思う。だけど時間は止められない。老いを受け入れていくしかない。だから親といられる時間を大切にしたい。

田舎を愛おしむ気持ちは、フツフツと湧いてきたのか、前からあったけれど隠されていて見えなかったものなのかは定かではない。でも、アラサーになり、学生生活に舞い戻り、時間的にも精神的にも、自分の気持ちを棚卸しする余裕が生まれたから、田舎への愛情を感じれるようになったのだろう。田舎を愛おしく思いながら、私はもう少し東京で生活していくつもりだ。

2015/09/08

もっと知りたいクラシック!

クラシックを聴くのが好きだ。初めて自分からクラシック音楽に手を伸ばしたのは高校生のときだった。岩井俊二監督の「リリイ・シュシュのすべて」の影響でドビュッシーの「アラベスク第1番」(https://youtu.be/mPpdwdOFkRI)にはまり何度もCDを聴いた。数年経ってすっかりドビュッシーから心が離れたころ、ドラマ「のだめカンタービレ」の影響でまたクラシック音楽に近づいた。ドラマで流れていた曲、コミックで紹介されていた曲をネットでたくさん聴いたから、口ずさめるクラシック曲が少しだけ増えた。それからはよくクラシック音楽を聴くようになった。年に何回かコンサートに出かけたり、部屋での作業中にネットラジオのクラシックチャンネル(http://www.accuradio.com/)を聴いたり。年末には、テレ東のジルベスターコンサートとEテレで放送されるベートーヴェンの第九を聞くことがここ数年習慣になっている。

ランダムにいろいろな曲を聴いているから、知っている曲、知っている作曲家の名前は年々増えているけれど、クラシックについて知らないことばかりである。バロック、ロマン派、印象派…曲調がなんか違うのは分かるんだけど、うまく言葉にできないなぁ。ラフマニノフの曲が好きだけど、ラフマニノフってどんな人だったんだろ?対位法って何?などなど、曲を聴くにつれて、曲の解説を読むにつれて?が増えていく。ということで、岡田暁生「西洋音楽史 「クラシック」の黄昏」)という本を手に取った。http://www.amazon.co.jp/dp/4121018168

この本、とてもおもしろい。ヨーロッパにおいてどのような経緯でクラシックは生まれ、どのように変化していったのか、とても分かりやすく書いてある。その時代にヨーロッパで起こった出来事と絡めてあり、西洋音楽の変遷を細部にとらわれることなく紹介しているから頭の中でも整理しやすい。出来事は、その出来事が生まれるための土壌が整っていたからこそ生まれることができた、ということを感じれる。例えば、オペラはバロック時代(1600年前後-1750年前後)に誕生した。音楽的には希望や悲しみ、勇気、怒りなどの典型的な情動に対応した、典型的な音楽表現が曲に組み込まれるようになった。時代的には、カトリック圏の王侯貴族たちが豪華絢爛な生活を営んでいたころである。彼らが毎夜のように開く祝祭に音楽は彩りを添えており、そのような環境のもとでオペラは生まれたのである。

音楽の変遷も然りだ。グレゴリオ聖歌のアレンジはその例である。著者によれば、今日でいうところのクラシック音楽は元をたどれば「グレゴリオ聖歌」に行き着く(「怒りの日」は有名なグレゴリオ聖歌の1つ。https://youtu.be/Dlr90NLDp-0)。グレゴリオ聖歌とは、「単旋律によって歌われる、ローマ・カトリック教会の、ラテン語による聖歌」(p.7)だが、この聖歌を人々がアレンジし始め、そのアレンジが人々に受け入れられたことによって様々な音楽が生まれていった。もとの旋律に新しい旋律を加えて歌う、別の言語に翻訳した歌詞を元の旋律に加えて歌う、歌詞を変えてもとの旋律に加えて歌うなどだ。いつしかこのアレンジした旋律や歌詞が主流となり、「楽しむ」という新たな機能が音楽に付加されていくのである。ここから読み取れるのは、音楽に含まれるある要素(例えば、旋律、歌詞、旋律のある一部分など)にアレンジを加えることで新たな音楽が生まれていくということである。このことはグレゴリオ聖歌にとどまらない。先に述べたバロック時代の音楽で感情を表現する行為もそうと言える。時代が下っていくにつれて豊かな感情を豊かな音によって表現するようになっていく。変化していった要素は他にもいろいろある。和音の効果、曲の形式、演奏技法や技巧など、時が移り変わる中でときにそれは精緻化され、時にその性質は消されて反対の性質のものが生み出される。特に、20世紀の前後の音楽家、シュトラウスとマーラー、シェーンベルグとストラヴィンスキーが反対の方向に進んでいくのが興味深い。前の2人はロマン派の名残を引き継ぎ自らの音楽を生み出しだが、後者2人は破壊することで自らの音楽を作っていった。当時の音楽家がそれまでの音楽をどのように感じ、それを踏まえて自分のオリジナルをどう作っていったのか…そんなことに思いを馳せながら曲を聞くのもまた、感慨深いものだ。

2015/09/04

パターン化する人間関係

10年近く付き合いのある友達と、先日ちょっとした揉め事があった。そのとき彼女は自分の結婚式&披露宴を近くに控えていて、それに参加する際の私の服装について指示めいたことをしてきた。私はそれに呆れかえって参加を断り、その後何度も催促されたが結局参加しなかった。揉め事が起きてから数ヶ月が経った今も、私の行動はあれでよかったのかな、というもやもやが少し残っている。

今回の揉め事の直接的な原因は、結婚式に参加する際の服装について彼女からあれこれ指示を受け、それを私が拒否したことによるのだが、実際はこれまでの私たちの関係で起きたあれこれも大いに関係している。詳細を書くことは避けるが、私は以前から彼女の私に対する発言にイライラすることがたびたびあった。その多くは、私をコントロールするような、上からの物言いだ。彼女が実際私に対してコントロールしようとしていたのか、優越感を感じていたのか、はたまた全くそういう意識はなかったのかは定かではない。ただ、私自身はそう感じた、だけである。でも私は気持ちを彼女に打ち明けることはなかった。なぜかと問われれば理由はいくつか挙げられるが、どれもこれも今となっては後付けのような気がしてくる。1つは、私が彼女に対して文句を言うことで彼女が嫌な気分になるだろうと思ったこと、もう1つは、人間関係がこじれるのは面倒であり、こじれた後収拾する自信がなかったこと、さらにもう1つ、長年の付き合いだからまぁいいかと思ったこと、である。しかし、この状態を何年も続けてきたつけが回ってきた。私はこの状態に耐えられなくなって、彼女の人生の思い出である結婚式への参加を拒否したのだ。

これらのことを振り返ってみると、私と彼女の関係にはあるサイクルができていたように感じる。彼女が私に上からの物言いをする→私はイライラしているのにも関わらずそれを受け流す→彼女は私の気持ちを知らないから上からの物言いを繰り返す/エスカレートする、というサイクルである。このサイクルでは、私の事なかれ主義的態度は彼女の私への上からの物言いを助長させるように働くと考えられる。強化学習のようなものだ。私はこのサイクルを意図的に引き起こしたわけではないし、おそらく彼女も同様にそんなつもりはないと思う。ただ、お互いのそれぞれの意図による振る舞いが組み合わさり、結果としてそうなっただけだ。

このような、人間関係のパターンは先日帰郷した時に親の会話にも感じた。両親は、普通に2人で会話していたと思ったらいつのまにか口論になっていることがよくあるのだが、聞いていると大体いつも本質的には同じようなところで口論が生じ、母がしゅんとなって終わる。口論が生じるのは、どちらかが相手の汚点(汚点といってもたいしたことはない。いびきが大きいとかそのくらいの話だ…)をなんかの拍子に指摘するか、相手が自分の思い通りに動かないとき、それにちょっとケチをつけるかのいずれかである。しかしその発端が一旦生じるとあとはエスカレートしていくばかりだ。おそらくどちらも最初から口論するつもりなんてないし、相手が自分の言った何かに対して過剰反応するとも思っていない。だからいつも同じパターンを繰り返すのだろう。

今回私が彼女にした「結婚式に行かない」という行為は、繰り返し続けるサイクルに一石を投じたと考えることができる。受け流すから拒否へと転換したからだ。これから私たちの関係がどうなっていくかは分からない。ただ、私はこのことでけっこうなエネルギーを消費した。慣れないことをしたからか、揉め事を起こしてからしばらくは気が気じゃなかった。未だに後味が悪い。そして火種を大きくする前に手を打っとけばよかったと思った。

2015/08/20

ニュアンスが大事なの

ここのところ、マーク・ピーターセンの書いた「日本人の英語」シリーズ3作を読んでいた。「日本人の英語」(http://www.amazon.co.jp/dp/4004300185)、「続 日本人の英語」(http://www.amazon.co.jp/dp/4004301394)、「心にとどく英語」(http://www.amazon.co.jp/dp/4004301394)だ。20年近く前に出版された本だが、とても勉強になった。というのも、日本語にはないけれど英語にはある考え方や概念を日本語で説明してくれているからだ。たとえば冠詞と単数・複数の区別。英語には名詞の前にa, an, theなどの冠詞をつける場合があり、しかも複数形と単数形使い分けているが、日本語は冠詞はなくてOKだし、複数にするか単数にするかを文をつくる度に気にしない。だから日本語話者はたいてい、この名詞にはどの冠詞をつけるのがいいのか、複数形にしてしまうのがいいのかと悩んだり、冠詞を付け忘れたり、ということになる。私がいつも経験していることだ。一方英語話者は、本によれば、その名詞を発する時点でどの冠詞を使うか、複数形にするのかは既に決まっている。名詞にはその名詞が表す概念があり、冠詞にもその冠詞が表す概念がある。そして名詞と冠詞を組み合わせた時、組み合わせの違いで語同士の間にニュアンスの差が現れる。それをふまえたうえで話者は、言葉を発する際に自分の伝えたいことが伝わる語を選択しているのである。

言葉のもつニュアンスは、自分の言いたいことを相手に正確に効果的に伝えようとすればするほど大切になってくる。母国語ではない言語を使うならなおさらだ。私は中学レベルの単語ですらニュアンスをよく分かっていないと感じることがある。例えば「可愛い」ということを伝えたいとき、cuteを使うのがいいのか、prettyを使うのがいいのか…。前置詞も一通り中学校で習ったけれど、熟語として暗記している使い方以外、それぞれの前置詞の使いどころや、前置詞を使うべきかどうかの判断がいまいちできていない。和英辞典を使って日本語のある単語に相当する英単語を調べたとき、2つ3つ英単語が載っているときも困る。どれを使うのがいいのか…。神経質に考えすぎる必要はないが、伝えたいことが伝わらないことを避けるため、できるだけ適切な言葉を選びたい。英英辞典を使いこなせたら、この悩ましさは多少和らぐと思われる。英語を英語で説明しているからニュアンスの違いも示されている。それを感じ取り、身に付けることができたら今よりスムーズにコミュニケーションできるはず。あとは「日本人の英語」シリーズのように、英語の感覚を日本語で伝えてくれるものを活用する。英語のことでも日本語で理解できるにこしたことはない。そして日々の練習。英英辞典などで学んだことを英語を使うときに適用し続けること。

日本語にはないけれど英語にはある概念や考え方、英語の単語がもつ微妙なニュアンスは、中学校や高校での英語教育を通じても学ぶことができたらといいなと思う。少なくとも、私が中学や高校で英語を学んだとき、そういう教育はなかったし、現在塾で英語を教えていても、生徒たちが学校でそのようなことを教わっているという印象を受けない。私は高校時代、英語と日本語は容易に変換可能であり、構文や単語を暗記すれば済むと思っていた。それでも受験はどうにかなるし、確かに私の英語力はこのときの知識に支えられているところが大きい。でも、英語を使って自分の伝えたいことを伝え、それが相手に伝わる、相手が自分に伝えたいことを理解する、といった実践的なコミュニケーションをするときには、それだけでは十分ではないことも痛感している。それに、そういう微妙なニュアンスの違いや考え方の違いを知りながら英語を学んでいくほうが、ただ機械的に暗記するよりも頭に残りやすいし、応用がきくし、楽しいのではないだろうか。英語だって日本語と同様に、話者の意図や思いが込められて発されているのだから、そこにもっと注目してもいいと思う。

2015/07/20

「Dr.倫太郎」 雑感

4~6月期、日テレで放送されていたドラマ「Dr.倫太郎」を全話見ていた。精神疾患とその治療の話はけっこう好きで、1話が始まる前の予告を見たときから絶対見ようと決めていた。全体を通しておもしろいドラマだった。1話でいきなり、ハリセンボンの近藤春菜が自殺未遂者として登場したのはかなりびっくりだったが、精神疾患の描き方とか、患者の話を聞き、共感を軸に治療をすすめていく倫太郎のスタイルと、脳の画像などの客観的データで判断し投薬メインで治療をすすめていく宮川教授のスタイルの対立とか、とてもリアルな感じがした。それに、高畑淳子と蒼井優の演技がとてもよかった。高畑淳子と蒼井優は劇中では母娘関係にあり、蒼井優は子供の頃の母親との関係によって解離性人格障害になり、高畑淳子はそんな娘を金づるにするギャンブル依存症の母親を演じていた。高畑淳子は何かが憑依したような、まさしく重度の依存症の演技で、昨年のドラマ「きょうは会社休みます。」のときの主人公の母親の演技とのギャップがすごかった。蒼井優は衝動的で世渡り上手な人格とおとなしく心優しい人格の対照的な2人の人格を明確に演じ分けていた。そして、毎回描かれた母娘のどろどろの共依存関係は痛々しいものだった。

ところで、昨今の精神科医のスタイルは、倫太郎ではなく宮川教授のスタイルが主流らしい。昨年受講していた精神医学の講義では、精神科医は的確な診断と投薬指示がメインで、患者の話を聞くことをメインとするのは、臨床心理士やカウンセラーだという話を聞いた。一方、臨床心理学の講義でも、患者の内的世界の把握よりも、症状などの客観的なエビデンスに基づく見立てと心理療法にシフトしてきているという話を聞いた。理性の時代、これは当然の流れだと思う。

薬物療法や画像診断の必要性は承知しているし、それらの発展も望んでいるが、倫太郎の、患者(相手)をまるごと受けとめ共感する姿勢は好きだった。疾患の程度や種類にもよるが、つまるところ人は、他人から認めてもらい、自分でも自分を認められるようになることによって変化しうるのだろうと感じた。そんなことを感じながらドラマを見ていた矢先、倫太郎のスタイルは、精神科医コフートの理論を元にしたものだと知った。そこで、このドラマの制作に協力していた精神科医・和田秀樹の「〈自己愛〉と〈依存〉の精神分析 コフート心理学入門」(http://www.amazon.co.jp/dp/4569621058)を読んでみた。

コフートの理論のベースは、人間誰でも持っている自己愛を満たしてあげましょうということである。自己愛とは、自分が自分を愛する気持ちを指す。自分はすごいんだ、立派だ、と思ったり、相手に自分のことを褒めてほしい、愛してほしいと思う、そんな気持ちをコフートは肯定する。そして自己愛が周囲の人から満たされないとき、いびつな形の自己イメージが出来上がる一方、自己愛が満たされれば、相手との関係を通じて自己が適切にまとまっていくとする。また、コフートは「共感」を重視する。自分が相手が置かれている状況にいたらどのように考え、感じているかを想像しながら相手の話を聞き、相手の内的世界を観察する、というやりかた(客観的なスタンスをとる)である。なるほど、倫太郎のは、共感でもって自己愛を満たすスタイルとでも言おうか。

余談だが、私が心理学に興味を持ったきっかけもこの手のドラマだった。小学生だったころ、日テレで放送されていた「心療内科医・涼子」を見て、「心も病気になるのか。」「心が傷つくのって目には見えないけど、大変なことなんだ…」と強い衝撃を受けたのを今でも憶えている。

2015/07/13

読書記 ケストナー「飛ぶ教室」

この話を読みながら感じていたのは、こんな友情すごくいいなぁ、こんな大人ステキだなぁ、ということ。裏をかかれることも、斜めから読まないとよく分からないなんてこともなくて、ストレートに読んでストレートにいい!と言えることがいっぱいつまった話だった。それに心がほっこりするようなあったかい話。ドイツの作家、ケストナーの「飛ぶ教室」(http://www.amazon.co.jp/dp/4334751059)だ。

この話は児童文学として書かれたものらしい。だからだろう、メインの登場人物はドイツでギムナシウムに通う14歳前後の男の子5人、マルティン、ジョニー、マティアス、ウーリ、セバスチャン。そして彼らの先生とその友達、ライバル校の生徒たちも登場する。5人の男の子たちにはそれぞれ異なるキャラクターが設定されている。マルティンは正義感の強いしっかり者で、5人のうちではリーダー的存在。ジョニーは繊細でおとなしめ、想像力豊かな文学少年。マティアスはいつもお腹をすかしているけど喧嘩は強い。ウーリはそんなマティアスの影に隠れる小さくて弱い男の子。セバスチャンは頭の回転の早いあー言えばこー言うタイプの少年だ。彼らは互いにいいところと欠けているところを分かっていて認め合っている。それに信頼もしている。それぞれが活かすべきところでいいところを活かし、欠けているところを互いに補い合えるから、いろんなことに対処していける。もちろんそれには、そんな5人を温かいまなざしで見守っている先生(正義さん)とその友達(禁煙さん)の存在も大きいのだけれど。彼らは少年たちを信頼し、知恵を与え、人としての道を示す。

あまりにも率直に、それこそ理想的とも言える人間関係、少年たちの成長の物語が紡がれているから、現実はそううまくいかないんだよね、とつっこみたくなっちゃうのだけれど、でもこういうシンプルな理想的なものは心の片隅に留めておきたいなと思う。

この話は、上記した少年たちの物語のほかに子どもたちに励ましのメッセージも送っている。小説全体が枠構造になっていて、「まえがき」と「あとがき」が上記した物語(第1章~第12章)をはさむ構成になっているのだが、「まえがき」と「あとがき」の主人公は、はさまれた物語の作者で彼が子どもたちに現実的な説教を与えているのだ。その中で印象的だったのは、
”きびしい人生は、お金を稼ぐようになってから始まるわけではない。そこで始まるわけでもそこで終わるわけでもない。…ただし、自分をごまかしてはいけない。ごまかされてもいけない。災難にあっても、目をそらさないで。うまくいかないことがあっても、驚かないで。運が悪くても、しょんぼりしないで。元気をだして。打たれ強くならなくちゃ。” (p.22)
というもの。 私は子供のころに読んでいた話や見ていたアニメから、また周囲の大人たちから、このようなことを教わらなかったような気がする。お話やアニメでは、誰かが困難に陥ったら、たいていその人は助けてもらえていた。「打たれ強くなれ」というより、「助けてくれる人はいる」とか、「困っている人がいたら助けましょう」のようなメッセージだったのだろう。それに大人たちも現実の厳しさをそんなに伝えてこなかったように記憶している。もちろんそれは私を守るためだったのだろうけれど。

別に上の引用のようなことをしなくても生きていける。なんだかんだとごまかしていくほうが楽だし、助け手だって現れるだろう。それに実際問題、いざそういう状況に直面したとき、引用のように行動するのはなかなか難しい。子供だけじゃなくて大人だってそうだろう。いや、むしろ大人のほうが経験を積んで知恵がある分難しいかもしれない。でもそうすると結局、つけをいつか死ぬまでに払わなきゃいけないんだろうと思う。だったら1つ1つ正直に向き合って対処していくことを目指したい。それに、始めるなら早いほうが断然いい。

ケストナーの率直な物言いは、読んでいてとても気持ちがよかった。

2015/06/18

MOOCs体験記

MOOCsとは Massive Open Online Courses の略称で、インターネット上で公開されている講義を無料で受講できるサービスのことである。MOOCsで初めて講義を受けたのは2年くらい前のことだったが、講義内容がとても充実していて、かつオンラインだからこそできるいろいろな試みが講義に組み込まれていて、とても魅力的なサービスだと感じた。それから今まで、時間に余裕のあるときや、面白そうな内容の講義を見つけたときに受講しているのだが、ちょっと◯◯について知りたいとか、◯◯に興味があるけれど、何から始めよう、というようなとき、効果的に使えるサービスだと感じている。本を読むより分かりやすいし、なんといっても気軽に始められる。

MOOCsで私が最初に受けたのは、Coursera (https://www.coursera.org/)というプラットフォームで開講されていた「Introduction to Psychology」(https://www.coursera.org/course/intropsych)だった。トロント大学の心理学の教授が開講していた授業で、とにかく内容が濃かった。2ヵ月の開講期間中、いくつかの心理学のトピックに関するビデオ(全体では2時間前後の講義がいくつかの動画に分割されている)が毎週アップロードされ、それを見て受講する。そして、彼の講義に関連する情報が提示されている動画やサイトのリンクをたくさん紹介されるので、自分の興味に合わせて学習を進めることが可能だった。さらにこの教授は、受講者が被験者/実験者として参加できる調査および統計分析のシステムのプラットフォームをオンライン上で公開していたから、それに参加することで簡易的な心理学調査を実際にやってみることができた。このコースは、オンライン上で課題を提出したり、講義で話されていたことに関するクイズなどをやることで修了証とスコアがもらえる。私は課題レポートは提出せず、その他の要件を終えて修了証を得た。

Courseraで受けたもう1つの印象的な授業は、「Introduction to Public Speaking」(https://www.coursera.org/learn/publicspeaking)だ。ワシントン大学の教授が開講していた講義で、英語試験のスピーキング対策にと思って受講した。さすがスピーチについての講義である。とにかく迫力のあるプレゼンテーションで、しかも実用的。即興スピーチから情報を与えるスピーチ、説得のスピーチまで段階を踏んでいけるように構成されていて、スピーチの構成、表現の仕方、話し方などの要点は簡潔にまとめられていた。課題は、その要点に基づいて自分でスピーチを作り発表するというものだ。私は即興スピーチのみ参加したが、まず自分のスピーチを録画して、Youtubeにアップする。その動画を他の受講者が見て、評価するというしくみだ。他の受講者のビデオを見ていたとき、本当にいろんな人が受講しているということを実感した。Courseraは米サイトだが、受講者はヨーロッパや南米からもたくさんいたし、年齢もばらばら。自分と同じようにスピーチをよくしようとしてがんばっている人がいる、と知れたことは励みになった。

今は、数週間前にたまたま見つけたJMOOCのサイト(http://www.jmooc.jp/)で1つ受講している。何かを学ぶときのとっかかりとして、MOOCsは大いに活用できると思う。

2015/05/31

読書記 米原万里「オリガ・モリソヴナの反語法」

小説を読み入ったのは久しぶりかもしれない。文庫本で500ページ近くもある分厚い話なのに、その長さを全く感じさせない話だった。それどころか、話の終わりには終わってしまうのが少し寂しかったくらいだ。「オリガ・モリソヴナの反語法」(http://www.amazon.co.jp/dp/4087478750)は、私が大好きなエッセイの著者、米原万里の作品だ。謎解きの物語でもあり、子供時代の思い出をたどる物語でもあり、ソ連大粛清時代を描いたノンフィクション的な物語でもあり…中身のぎっしり詰まった500ページでとても濃ゆい読書時間になった。

本のタイトルにもなっているオリガ・モリソヴナは、まだ学生だった頃の主人公の舞踏教師をしていた女性である。彼女の十八番は反語法と独特の罵声。奇抜な格好でいつも生徒たちに反語表現と罵り言葉を浴びせており、学校で圧倒的な存在感を放っていた。大人になった主人公は、オリガ・モリソヴナの反語法と独特の罵声、その他彼女について謎に思っていたことの答えを見つけるためにモスクワに飛び、オリガ・モリソヴナの半生を探っていくのである。

なんといってもこの小説で衝撃的だったのは、ソ連で1930年代に起こった大粛清の話かもしれない。米原女史は、このあたりの話をたくさんの参考文献を元にして書いているから、かなり史実に則したものとして大粛清時代に実際どんなことが起こっていたのかを知ることができる。小説では、オリガ・モリソヴナは大粛清の時代を生き延びた女性として登場する。外国人と交際していたことで逮捕され収容所に送られたが、最終的には収容所から解放され寿命を全うした。収容所時代の手記を出版したという別の女性が、オリガ・モリソヴナと一緒に収容所で過ごしたという設定で登場するのだが、彼女の手記を主人公とその友達が読む長い長い場面がある。そこには、逮捕された女性たちはどこに送られ、どのような生活を強いられたのか、女性たちはそこで何を考え、どのように互いに助けあっていたのか、女性たちにどのような酷い仕打ちがなされたのか、が詳細に記述されている。また、主人公の友人が持っていた別の資料には、当時ソ連上層部にいた人間たち(ベリヤとその部下たち)が行っていた一般女性への恐喝、強姦行為が生々しく記載され、物語の一部に組み込まれている。これらの話はグサグサ私の心に刺さった。恐怖と悲しさと同情と、生き延びた女性たちの強さと、悔しさと…いろいろな思いがこみ上げてきて、さっと読み進めることはとてもできなかった。

小説に引き込まれたもう1つの理由は、過去の場面と現在の場面が行ったり来たりしながら話が進んでいく中で、たくさんの登場人物たちが時代をまたいで、場所をまたいで関わり合い、1つの大きな物語を形成したからだと思う。物語の最初の頃に出てくる人物のキャラクターや行動は、後に描かれるエピソードの伏線のような役割を果たしている。少しずつ散りばめられた伏線を少しずつ回収して物語をまとめていく、その間に新しい登場人物たちが配置され物語の厚みが増していく、そんな印象だった。冗長さを全く感じないストーリーである。

先日このブログでも書いた彼女のエッセイ「不実な美女か貞淑な醜女か」と一緒に、この小説を多くの人におすすめしたい。

2015/04/26

英会話の功罪

大学で勉強するようになってから、英語の文献をしょっちゅう読まなければならなくなった。指定された英語文献の逐語訳の発表や、その文献に書かれている内容の解説を授業で行うから、文献の内容を頭に叩き込んでおかないと授業に出てもあまり意味がない。このときに要求される能力は、文献の内容を正確に理解する能力である。文献全体の内容を大まかにつかむ、というのでは確実に不十分だ。そして私は精読が苦手なのである。

これまでに何度か英語との付き合いをこのブログに書いているが、私は英語が好きだ。好きだからそうしたのか、そうしたから好きになったのか、とにかく私は英語力を高めるのにこれまで多くの時間を費やしてきた。だからそれなりに英語を読んで書けるし、英語でのコミュニケーションに特に抵抗もない。しかし精読と逐語訳はどうも苦痛である。

精読と逐語訳が苦痛な理由は、慣れていないかつ、面倒だからである。英語は継続的に何年も学んでいるが、高校の受験対策以降、英文の精読および逐語訳をほとんどやっていない。でもこれには理由がある。私が大学に入って英語の再学習を始めたのは、あくまで英語の聞く・話す能力(英会話力ともいえる)を高めたかったからである。英会話力を高めるのに精読や逐語訳は必要ないし、むしろ妨げになるとさえ思っていた。それは、会話には流れがあるからだ。相手の言っていることを即座に理解し、それに対して意味のない間をとることなく返答する、これができるようになりたいと思っていた。だから英語を英語のまま理解することをかなり重視し、会話中日本語を排除することを意識してきた。そのかいあってか、「英語を英語のまま理解し、日本語で考えることなく英語で返答する」ことがある程度できるようになった。

しかし、私はこの能力を重視しすぎたために、読む・書く能力がいまいちになっているのでは、と最近感じている。会話で力を発揮してくれている、「英語を英語のまま理解し、日本語で考えることなく英語で返答する」スキルは、ネイティブ並のものでは到底なく、読む・書く能力(英語ネイティブ向けに書かれた記事や本を読む、英文エッセイを書く)が求められる状況ではそれほど役に立たないのである。例えば、読むにおいては、文章の大体の内容はとっさにつかむことができるが、細かい内容をある程度の早さで把握し、理解することができない。ある程度の早さを持って読もうとすると混乱するし、内容を間違えて把握していることが往々にしてある。間違える理由は大体、辞書を引いて確認しなかった/文の構造を間違えて把握した/指示代名詞が指すものの取り違え、である。精読せざるを得ない状況に最近なって初めて、自分の大雑把な(適当な)内容の把握っぷりに恐ろしくなった。そして電子辞書にありがたみを感じ、「成句検索」という便利が機能があることを知った…。書くにおいては、英語だけでは複雑なことが考えられず、思考が薄っぺらくなるからである。日常会話よりも書くときのほうが断然、内容の明晰さや論理的な流れ、文構造の正しさ、適切な言葉を適切な位置に配置すること、などが求められる。決して会話の価値を低く評価しているわけではないが、英語でエッセイを書くのは相当な時間がかかる。

結局私が苦手なのは、これまでやってこなかった英語⇔日本語の変換作業である。和訳するにしても英訳するにしてもぎこちない文章になりがちだし、時間がかかる。もちろん理想はかねてから私が目指していた「英語を英語のまま理解し、日本語で考えることなく英語で返答する」スキルを高いレベルで持っていることである。しかし、そこに至るには英語⇔日本語の変換作業を繰り返し行うことは避けて通れない、という結論に至った。なぜなら私は、日本で生まれ育ち、日本語を使って思考するのが自然な人間だからである。ということで、前置きが長くなったが、面倒くさがらずに、そして忍耐を持って、英語⇔日本語の変換作業を続けていこうと思う。

2015/04/22

たけのこ採って林を守る

先日、生まれて初めてたけのこ掘りをした。経験者の友人から、「地面がもこっとしているところを探すんだよ」とアドバイスをもらっていざ出陣。いっぱい持ち帰れるように袋もいくつか用意した。なのに、現地に着いていくら歩きまわっても、もこっとしたところが全然見つからないじゃないか!たけのこを次々と見つけ、さくさく掘っている人も周りにたくさんいるというのに。

そもそも今回のたけのこ掘りは、大学が管理している緑地保全のためのイベントだった。この緑地は雑木林として学校が維持・管理し、研究にも使用しているのだが、竹林も点在しており、雑木林が竹林に取って代わられることが危惧されている。だから、竹に薬剤を注入して枯らしたり、適宜切って竹炭として使ったりしているらしい。たけのこ掘りも、竹林拡大防止の小さな一端を担っている。

ではなぜ、雑木林から竹林へと変化するのがまずいのか。それは、雑木林とそこに住むいろいろな動物、昆虫、他の植物たちが構成する生態系が崩れてしまうからである。竹は元々は中国からの外来種。成長が早いため、手入れをしないとどんどん分布が広がる。そして竹は背が高いため、竹よりも背の低い植物たちは少ない光しか得られず枯れてしまう。さらに竹林の土壌は固いため、棲みつく動物も少ないらしい。よって竹林の拡大防止に取り組まなければ、雑木林とそこに見られる動物や植物の多様性が失われてしまうのだ。しかしかといって、竹を1本残らず取り除いてしまうのも生態系にとってはよくないらしい。バランスが重要ということなのだろう。

外からの侵入物によってもともとそこにあった固有のものが失われていく現象は、自然に起きるだけではない。環境保全のための植林活動でも同様のことが起こりうる。小笠原諸島で実際にあった話。環境を保護するため、小笠原諸島で生えているのと同種の九州地方で育てた木を植林したところ、互いの遺伝子が大きく異なっていたことから交配できず、さらに九州から来た遺伝子が小笠原諸島固有の遺伝子に置き代わってしまう危険があると判断された。そして結局植林した木を伐採し、芽が出た実生も抜くこととなったという。植林もうかつにしてはかえって逆効果というわけだ。
たけのこGET!

こんな話を聞いていると、植物は分かりやすいくらいに弱肉強食になっているなと感じる。自身の持つ遺伝子や構造がより環境にマッチしたものが生き残っていく。人間の場合、少し事情は異なる。短期的には弱肉強食も生き残れるように見えるが、強いだけでは生き残れない。人間は高度な社会性と認知能力を備えているがゆえ、利他行動をするよう進化して生き残ってきた。つまりは、持ちつ持たれつの関係を前提として行動できる者が生き残れるというわけである。進化心理学の視点から見れば、自分の強さだけで生き残ろうとする者はいずれ自滅するか駆逐される。

たけのこ掘り、私は見つけるのも掘り出すのも一苦労だった。でもとても楽しかった。慎重にあちこち歩きまわって、たけのこの頭がひょいと出ているのを見つけたときはとても嬉しかった!しかも採りたてのたけのこは新鮮で、今まで食べたどのたけのこよりもおいしく感じた。残りのたけのこで、煮物やたけのこご飯も作ってみようと思っている。



参考:ひなたブック 首都大キャンパスの松木日向緑地ハンドブック

2015/04/12

本レビュー 信田さよ子「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」

ここ数年の間に、母と娘の共依存関係について書かれた本をよく見かけるようになった。先日読んだ「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」http://www.amazon.co.jp/dp/4393366255)もその1つである。著者が臨床の現場で体験してきたことを元に、いくつかのこじれた母娘関係を事例を使って描き、その母親像を分析し、そんな母娘関係への処方箋を提案する、という内容だ。

母と娘の共依存関係を簡単にまとめると、「愛情である」という認識のもと、精神的・理的に娘を支配する母親と、その母親からの精神的・物理的な施しを受け入れざるをえない娘の不健康な関係である。母親からしてみれば、その行動は娘を想う愛情から起こるのであり、娘を支配しているという感覚は全くない。母親が娘を愛することは、社会において当然またはそれ以上のこととして認識されているため、そこには非難される要素はない。だから娘もその行為を受け入れざるを得ない。娘も社会の認識通り、母親の行為は自分への愛情に根ざしたものだと認識するため、拒否すれば罪悪感と自己否定に駆られるのである。また、誰かに相談したとしても、贅沢な悩みだとか、親の愛情が分からないなんてなどと返され、往々にして娘の「母からの行為を拒否したい」という気持ちは理解されず、しばしば更に悩むこととなる。こうして母と娘のこじれた関係は続いていくのである。

「母が重い」という感覚は私も体験したことがある。特に20代前半のころはそう感じることがよくあった。私が自分で決めることなのに、母が自身の意見を言ってその方向で進めようとするとき、自分でできることなのに、先回りして母がやってしまったときなど、母からの見えない重たい圧力を感じたものである。母に文句を言うと、「あなたのため。心配だから。」みたいなことを言われる。そしてたいてい文句を言った自分を責め、心が痛くなる。まさに、先に述べた共依存のサイクルの中にいる状態である。だからこの本に描かれていた事例を人ごとのようには感じなかった。

著者はこのような母と娘の関係を、社会学的視点を取り入れて解いている。近代以降、国家を構成する一単位としての家族を成立、維持させるために「母性」というものが構築された(母性は本能的なものではない)という立場から、母性の特徴の1つである自己犠牲的態度を問題の出発点とする。自己犠牲的態度(例えば、「あなたさえよければそれでいいの」のようなことば)によって自身を空虚にした母親は、娘と一方的に一体化する。自分を産み育てた母親からの一方的な一体化を受ける娘は、それを母の愛と捉えることとなる。なぜなら、母は皆我が子を愛する、ということが母性の自明的な要素だからである。自分の存在が母に自己犠牲的な態度をとらせていることを認知した娘は、罪悪感を喚起され、抵抗するという選択肢もなくなる。なぜなら自分のせいで被害を被っている母に抵抗することは不正義であり、そんなことをしようとする自分を受け入れることもまた苦しいからである。しかしこの母親の自己犠牲的な態度は、実は偽りの自己犠牲であり、母親自身の欲望実現のための手段である。偽りでない自己犠牲ならば、娘と一方的に一体化する(娘が自分とは異なる他者であるということを否定する)ことはないからである。世間や夫によっておおっぴらに欲望を実現することをよしとされてこなかった母親は、家庭という隔離世界で自己犠牲的態度によってしか自身の欲望を実現することができなかった、ということである。(もちろん当事者である母親は、自己犠牲的態度で自分の欲望を満たそうという意識など持っていない。自分の犠牲は娘のためだと確信している。)これが母親が娘に支配的になっていくカラクリである。

人間の行動は基本的に、自らが快を得るということに動機づけられる(意識していようがいまいが)と私は思っている。だから、欲求が満たされる=快であるため、母親の態度に隠された心理についての分析は腑に落ちる。しかしこのような状況に母が陥ってしまうのは、著者も指摘しているように、社会環境や夫(母からすれば)との関係が絡んでいる。そして、私はこのことがけっこう重要だと思うのだが、母に被害を与えられていると感じる娘自身もそういう母を助長させることに加担している。娘がそのような母親を受け入れているから、母親もそれをよしとするのである。娘が毅然と拒否するならば、いずれ母も態度を変えざるをえなくなるだろう。関係を変化させることはなかなか一筋縄ではいかなそうだが、変化を本当に望むのであればそのために自ら動かねばならない。

2015/04/07

手段としての一人旅

先日友人と旅行の話になった。彼は旅行好きで、年に数回海外に出かけている。1カ月ほど前は、奥さんと幼い娘と一緒に海外リゾートに行ってきたらしい。そして近々、東南アジアを一人旅することを計画している。彼曰く、「家族旅行は家族へのサービスが目的だから。一人旅で自分の自由な時間が必要だよ。」たしかにその通りだと思う。一人旅の醍醐味といえば、好きなときに好きなことができる自由気ままさ。誰かと一緒だったら、よっぽど気心が知れた人でない限りそんなわけにはいかない。そう思うと一人旅は魅力的。だから私も好んで一人旅をよくしてきた。でもここ数年は一人旅をしていない。一人で飛行機や電車に乗っても現地で友人と合流する。それに、昔は頻繁に起こっていた一人旅したいという気持ちも起こらない。この心境の変化はいかに・・・。ということで、一人旅遍歴を振り返りながら考えてみようと思う。

最初に一人旅をしたのは今から約10年前、夜行バスで広島に行ったことだった。広島市内と宮島を観光し、お好み焼きや牡蠣やもみじ饅頭を食べた。広島に着くまでのバスの中では私は恐怖でいっぱいだった。初めての一人旅だったし、夜行バスも初めてだったし、親にも内緒だったから、何か悪いことが起こりやしないかとひやひやだった。広島に着いてからもひやひやは続いていた。でも、地図を見ながら目的地にたどり着いたり、一人でご飯屋さんに入ってご飯を食べたり、山に登ったりしていたらなんだか少し自信がわいてきた。今思えば、とても楽しい旅ではなかったが、一人でそれなりの旅行ができたことが嬉しかった。当時の私は念願だった一人暮らしを始めたばかりの頃で、「自立」ということにとても価値を置いていたから、この一人でできた経験がくせになってしまったんだろう。

それからも一人旅を続けた。国内だけでなく、海外にも行った。初めての海外への一人旅もひやひやものだった。何年もの間行きたいと思っていたベルギーに行ったが、広島以上に大変で疲れる旅だった。言葉が分からないし、街中にアジア人がいなくて疎外感を感じたし、警戒心の低さから危ない目に合いそうにもなった。旅行中は4つの都市を観光して、ワッフルやチョコレートを堪能したが、とても楽しい旅だったとは言えない。だけど、一人で海外旅行できたという達成感のようなものはあった。それにベルギーで一人旅をしたと人に話すと、たいていの人は驚き、感心する人もいた。そしてまた違うところへ一人旅をするのである。

結局私にとって一人旅は、目的ではなく手段だったのだと思う。自立していると実感する/自立していることを他者に示す/他者と自分を差別化するための手段である。自意識過剰の産物とでも言おうか。よく一人旅をしていたころは、○○が観たくて、××が食べてみたくて、でも誰とも予定や行きたい場所が合わないから(あくまでも推測)一人旅をするんだと思っていた。でも今振り返ってみると、それはかっこつきの理由だったように思う。一人旅が自立とリンクしていて、しかも私の周りに一人旅する人がいなかったから、一人旅に惹きつけられていたのだと思う。今は私の中で、一人旅と自立がリンクしていないし、友人の一人旅の話を聞いても特に感心しないし、誰かと一緒に旅行するほうが楽しいと思うから、一人旅欲求が低くなったんだろう。

一人旅の思い出に比べて、誰かと一緒の旅行は楽しかった思い出が多い。好みが合わず行きたい場所に行けなかったこともあったけれど、それ以上に旅行中にした会話とか、一緒に何かをしたこととかが楽しかったこととして記憶されている。それに自分一人では気づかないことに誰かが気づいたりして、いろんな発見ができ充実していた。こういうのが目的としての旅なんだろう。今度一人旅をするとき、それが目的としての旅だったら昔の一人旅とは違う旅になるに違いない。

2015/03/30

読書記 ホメロス「オデュッセイア」

今年度教養科目の1つとして大学で開講されていた「西洋古典学」。世界最古の文学とされているホメロスの「イーリアス」(紀元前7世紀ごろ)を解説する授業だったのだが、最初の授業を受けてみたらけっこうおもしろくて、結局最後の授業まで聴講してしまった。授業がおもしろかったのは、「イーリアス」そのものというよりは、担当の先生によるところが大きい。彼のキャラクターと、彼の古代ギリシャ文学への愛がこんこんと伝わってきたことが、この授業が印象に残っている所以だろう。

「イーリアス」はトロイア戦争での英雄たちの活躍などを描いた叙事詩なのだが、授業で断片的に扱った箇所の内容が分かりづらくて、「イーリアス」を最初から最後まで読み通そうという気が起こらなかった。分かりづらかった理由は、登場するカタカナ名があまりにも多いことと、訳だと思う。結局「イーリアス」を読み通す代わりに映画「トロイ」を見た。(「トロイ」は「イーリアス」をベースにして作られた映画だが、相違点が多々あるとのこと。)「トロイ」、とても面白かった。

せっかくギリシャ文学の世界に触れたのに、「トロイ」を観て終わりというのもなんだかな~と思ったので、ホメロスのもう1つの叙事詩「オデュッセイア」http://www.amazon.co.jp/dp/4003210247)を読むことにした。「オデュッセイア」は、トロイア戦争で活躍した知謀に優れるオデュッセウスが、戦地から漂流しながら(10年かかった)自宅に戻り、元のような生活を取り戻すまでの物語だ。「イーリアス」同様、「オデュッセイア」も吟遊詩人ホメロスによって聴衆に語られた話である。「イーリアス」での教訓を生かし、カタカナ名の多さに耐えることと、別の人の訳本を使うことで最後まで読み通した。相変わらずカタカナ名の多さには辟易したが、「オデュッセイア」、すごい作品だと思う。

「オデュッセイア」に魅力を感じたのは、まずその物語の構成である。文庫本上下巻で700Pくらいになるけっこう長めの話だが、大きく分けると、オデュッセウスのいない生活、オデュッセウスの漂流記、帰ってきたオデュッセウス、の3つに分けられ、漂流記を、オデュッセウスの家があるイタケにおける話で挟む入れ子のような構造になっている(と思う)。漂流記はそれだけでもそれなりに楽しめるが、その前後にイタケでの話が結びついていることで作品に厚みが増していて、二重に楽しめるようになっている。構成もさることながら内容も凝っている。
もったいつけているとも言えるかもしれない。とにかく話の山場になかなかいってくれない。山場的な場面はいくつかある。このあと劇的な展開が訪れることは確実なのに、巧みに引っ張っていてじれったい。聴衆の期待を高める効果があったとされているが。また、ギリシャの神々と人間の関係性も読んでいて面白い。神はちょくちょく人間の前に現れ、互いに話をする。人間と神々が近い距離感で共生している一方、神は人間の運命を操作する。神の意向に沿わなければ、神が許さなければ人間の願いは叶わない。だから人間は神から味方してもらうべく生贄を捧げて願うし、願いが叶えられれば盛大にお礼をする。また神は、ひいきにしている者を全力でサポートするが、恨みを買ってしまえば苦難に陥れられる。神同士の利害や企みも人間に降り掛かってきたりする。神に惑わされ、ときには神を惑わす人間が描かれている。

ホメロスはどんなふうにこの話を紡いでいたんだろう。情感たっぷりに話していたんだろうか。それに、当時どんな人がこの話を聴いて、どんなふうに受け止めていたんだろう。娯楽の1つだったんだろうな…。などとぼんやり思っていたら、日本の琵琶法師が浮かんできてしまったので、ホメロスを表した美術作品を添付して終わりにしようと思う。

日本語版ウィキペディア「ホメーロス」(http://goo.gl/YMPSGt)より
オーギュスト・ルロワール『ホメーロス』(1841)
フィリップ=ローラン・ロラン『ホメーロス』(1812)



2015/03/22

お気に入りの本 米原万里「不実な美女か貞淑な醜女か」

通訳は興味をもった仕事の1つである。英会話を学び始め、ある程度外国の人と話ができるようになったとき、英語をもっと使っていたいと思うようになった。それで英語で食べていける仕事ってどんなのがあるんだろう、と頭の中に浮かんできたのが、通訳、翻訳、英語教師の3つの職業。英語教師は多分いちばん仕事を見つけやすいけれど、いまいち興味を持てなかった。人に教えるなんてなんだかおこがましい感じがしたし、英語を使うとはいえ、英語教師は英語を教えるのが本分である。その目的は、生徒が英語を使えるようにすること。文法とか文の構造とか単語とか、そういうのを日本語で生徒に説明することが求められる。英語そのものにもあまり興味がなかったし、なんか違うと思った。一方、通訳・翻訳はというと、一方が言っていることを別の言語に変換し、もう一方に伝える仕事。2つの言語を使いこなすことが求められるから、英語をもっと使っていたいという欲望にマッチするような気がした。そしてそのころ、「読み書き」よりも「聞く話す」の英語運用力の向上に邁進していたから、特に通訳の仕事に惹かれた。そんなときに出会ったのが、ロシア語同時通訳者の米原万里のエッセイ、「不実な美女か貞淑な醜女か」(http://www.amazon.co.jp/dp/4101465215)である。これは、私がこれまでに読んだエッセイの中で一番面白かった。お気に入りの一冊でもある。

このエッセイは、通訳・翻訳をするとはどんなことなのかを、彼女が仕事で身をもって体験したエピソードを交えながら教えてくれる。通訳と翻訳は、訳すという点では同じだが、取り巻く条件が異なっている。書かれた言葉を訳すのと、聞こえてくる言葉を訳すことの間にはギャップがあるのだ。エッセイに登場する数々のエピソードは、彼女の豊富な語彙によって、状況、エピソードに登場する人物たちの気持ちや行動が詳細かつユーモラスに描写されているから、本当におもしろい。彼女のユーモアのセンスはこの本のタイトルからして明解である。「不実な美女」と「貞淑な醜女」は、ともに訳のことを表現している。訳すという作業は、ある言語の言葉を別の言語の言葉に変換するということだが、それぞれの言語は別の性質を持っているがゆえ、単語の一対一対応で言葉を訳出することができるとは限らない。そのとき気をつけないと、聞き手には分かりやすいが、話し手の真意を汲んでいない訳になってしまう(=不実な美女)。また、たとえ訳出できたとしても、それが聞き手にとって分かりやすいとは限らない(=貞淑な醜女)。はぁ、私もこんなうまい表現を生み出せるようになりたい。でも、このエッセイはおもしろさだけで終わらない。文章から伝わってくる、言葉、言語、訳すこと、異文化に対する彼女の考察は要を得ていて勉強になる。はぁ、私もこんな深みのある考察がしたい。

私が彼女のことを知ったのは彼女が他界してからだったので、実際に通訳をしている姿を見たことはない。残念だ。しかし、前職時に同時通訳者が働いているところを実際に見る機会があった。米国から来たプレゼンターの話を日本人の聴衆に伝えるため、日↔英の同時通訳者を依頼したのだ。3~4時間くらいのプレゼンだっただろうか。3人の同時通訳者が、2人がギリギリ座れるくらいの機材の入ったブースに、ローテーションしながら座り、とんでもない集中力で訳していた。前もって当日使う資料を通訳者に提供し、テクニカルタームの確認などの事前準備を行ってもらっている。とはいえ、話を聞きながら、訳しながら、発言しながら、また話を聞きながら…と長時間続けられるのはすごい。なぜ混乱しないのか。自分でも、簡単な英語の文章を聞きながら同時通訳していこうと挑戦してみたことがあるが、話者が一文言い終わる前に私の頭はいっぱいいっぱいになって訳せなくなった。話を聞いていると訳せないし、訳したことを声に出していると話が聞こえない。プロの同時通訳者たちは一体どれだけの訓練をしてきたんだろうかと思う。

通訳になることはあきらめたが、今でも英語運用能力を磨いているし、ずっと続けたいと思っている。それに、昨年から始めたドイツ語もそこそこ使えるようになりたい。これもひとえに外国語によるコミュニケーションに楽しさを感じるからだろう。そんな楽しさをこのエッセイと共有できるのがまたいい。

2015/03/18

映画レビュー 「マダム・イン・ニューヨーク」

映画「マダム・イン・ニューヨーク」(ENGLISH VINGLISH)(http://madame.ayapro.ne.jp/)は、主人公に思わず感情移入してしまう映画だった。英語ができず、得意なことはお菓子作りくらいと夫や娘からバカにされていた主婦が、ニューヨークで英会話学校に通い、英語でスピーチができるようになるまでを描いた話。彼女は、いろいろな国出身の人と友達になり、英語を話せるようになったことで自信を持って生きていけるようになる。

この映画を見ているとき、英会話を勉強し始めたころのことを思い出した。主人公が感じていたであろう悔しさややりきれなさ、悲しさは私も体験していたからだ。今から10年近く前、私は友達と香港に行った。初めての海外旅行だ。香港でのある夜、夕食を食べようと入った食堂で、私たちに話しかけてきた人がいた。最初はおそらく広東語で、でも私たちが外国人だと気づくと、英語で話を続けてきた。私はその人が何を言っているのかよく分からなかったし、自分から何かを発することもできず、曖昧な返事と苦し紛れの笑顔しかできなかった。せっかく外国に来たのに話ができず、悲しかった。また別の夜のこと、タクシー乗り場に行こうとオロオロしていた私たちを助けてくれた人がいた。彼女にThank you.と言うべきところだったのに、なぜかSorry.と言ってしまった。彼女は?という表情を浮かべ、その後ニコっとして離れていった。自分が情けなかった。中学、高校と英語は好きで得意だったのに、簡単な一言も出てこないなんて。英語を話せるようになりたいと思った。それで英会話を学び始めたのだ。主人公はその後、英語で自分のことを表現したり、誰かと会話ができることの喜びを感じるようになるが、私もそういうのを感じたことがある。英語で外国人の人と話し、自分の言いたいことが相手に伝わっていると実感できるのはすごく嬉しい。相手が何を言っているかがわかり、会話を続けることができるのが楽しい。だから英会話の学習を続けてきたようなものだ。

この映画は女性の成長物語であると同時に、至る所でダイバーシティを表現している映画でもある。主人公の娘が通うのは、インドのキリスト教系の高校。インドの大企業で働く夫は、ショッピングモールで出会った同僚とハグする。自宅には朝、ヒンディー語の新聞と英語の新聞が届けられる。主人公が通うニューヨークの英会話学校の生徒の出身地はメキシコ、パキスタン、中国、フランス、アフリカ、と様々で、教師はゲイであることをカミングアウトしている。フランス人の学生は他の生徒や教師の前で、主人公に自然に愛を告白する。主人公の姪はアメリカ人の彼とニューヨークでインド式の結婚式を挙げる。英語だけでなく、それぞれの母国語であるヒンディー語、フランス語、ウルドゥー語でその言語が通じない相手に何かを伝えようとするシーンもある。様々な国、言語、宗教、好みが入り乱れていて、ステレオタイプ的なイメージを見る人から取り払うかのような設定が随所に見られる。

インド映画といえば欠かせない歌とダンス。この映画も、主人公の気持ちを代弁したり応援するような歌詞の歌と、華やかな色と動きがつまったダンスで見る人の気分を盛り上げてくれる。

2015/03/14

映画レビュー 「her 世界でひとつの彼女」

NHKで今年の1月から2月にかけて30年後の未来を予測し紹介する番組「NEXT WORLD ―私たちの未来―」が放送されていた(http://www.nhk.or.jp/nextworld/)。ほぼ完璧な未来予測を提供する人工知能、若返りの薬、人間の身体機能を拡張する機器、火星への移住など、現在の科学技術をベースにして予測されたそれらの未来は、恐ろしく感じるものでも実現を期待しちゃうものでもあった。なかでも第4回で紹介されていたデジタルクローンの話が私は強く印象に残っている。亡くなった人が残したデータ(写真や手紙、ビデオなど)と人工知能を使ってその人の人格をデジタル世界に構成するというものだ。話しかければ、その人が高確率で答えるであろう言葉で応答してくれるし、しかも人間との会話から、人工知能自身もさらにデータを蓄積、学習し、よりその人の人格に近づいていくのである。生きている人が亡くなった人とまた共に生きられることを目指している、いうことだったが、私には受け入れ難い。亡くなった人の人格を生きている人間の判断で人工的に作り上げ、その後生活をともにするなんて…正直不気味である。それにデータと自己学習機能でその人の人格に近づいても、人工知能はやはりその人と似た人格をもった別の何かにしかなりえないないのではなかろうか?その人と人工知能は誕生した時代も経験も異なるわけで。とはいえ、人工知能の技術そのものはすごい。人間さながらの人格を人工的に作れる時代がもうすぐ来るかもしれないとは…。

そんな未来を考えていた矢先、映画「her 世界でひとつの彼女」(Her)(http://her.asmik-ace.co.jp/)を観た。人格をもった人工知能と人間が共存している近未来が舞台の映画である。デジタル世界とのインターフェースは声になり、ある男性は人工知能型OS1と恋愛し、ある女性は友達になる。そんな関係を多くの人が普通のことと受け止める。そんな時代設定だ。人間と人工知能の恋物語とはいえ、OS1は人間のエンジニアの知能を結集させて作られたものだけあってあまりにも人間っぽい。人間との交流を通して学習もする。声色も声のトーンやアクセントも人間の声と遜色ないし(事実、スカーレット・ヨハンソンが演じているので人間の声である)、その声が紡ぎだす会話も人間さながら。自分で考えられるし、感情もある。主人公もOS1も、情緒的な関係を通して欲望を募らせ、自分を受け入れ、葛藤を克服し、人格を成長させていくようすが描かれているから、とてもリアルに感じる恋愛関係である。

人間と人工知能の恋物語といえば、15年くらい前に観た映画「アンドリューNDR114」(http://www.amazon.co.jp/dp/B0002J57FC)を思い出した。人工知能の位置づけが「her」とは違っていて興味深い「アンドリューNDR114」の人工知能は人間になりたくて人間との隔たりを埋めようとし、「her」の場合は人間との隔たりがどんどん広がっていく。「アンドリューNDR114」のアンドリューはもともとは家事用アンドロイドであり、偶発的に人間らしい知能や感情を獲得した存在である。人間との交流によって人間になることを強く望むようになり、身体を人間さながらに改造し、永遠の生命も放棄する。そして愛する人の死期が迫ったとき、自らも死を選ぶ。一方「her」のOS1は、そもそも最初から人間を超越した知能を持っている。人間と同じ身体はアンドリュー同様持っていないが、他の人間(協力者)を使うことで人間の刺激の感じ方を経験しようとする。しかし、人間そのものになりたいとは思っていない。しかも、OSはものすごい早さで知能が進化し続ける。それゆえ、人間との隔たりがあまりにも大きくなってしまい、人間とは別の世界で生きることを選択するのである。

「アンドリューNDR114」は1999年公開の映画だが、1976年に発表された原作を元にしている。その当時、どれくらいの人が人間さながらの人格を持った人工知能を現実に起こりえることとしてリアルに捉えていたんだろう。ましてや人間を超える人工知能なんて。今となっては、人間を超える人工知能とも生きている間に出会えそうな気がする。

2015/03/09

テレビをめぐってのここ1週間のこと

家のテレビが先週の火曜日突然壊れた。テレビの電源を入れて一瞬画像と音が出たと思ったら、だんだん画面が黒くなり、音も消えた。電源を切って再度入れてみたところ、真っ黒無音で何も変わらず。なんで壊れた!?とイライラの中数時間、自力でどうにかならないものかとネットで解決方法を検索しまくった。そこに載っていたのをいろいろ試してみたけどその甲斐もなく変化なし。自力では無理だと悟った。それで次に頭に浮かんできたのは、修理する?買い替える?これを機にテレビなし生活に転換する?の3択である。結局、修理代金のことや友人からのアドバイス、ネットでの価格調査の結果を踏まえて新しいテレビを買うことにし、その後もどれを買うかで紆余曲折あり、明日ようやくテレビとの生活を再開できることになった。なんとほっとしたことか。

ここ1週間ほどのテレビなしの生活は静かなものだった。テレビがついていないことで、音と色から切り離された感じだった。もちろんまったく音がないということではない。生活音や家の前の通りを走る車の音、人の声は聞こえてくる。でもどこか遠い。窓や壁に囲まれているからなんだろうけど、自分がいるところは静かな別空間みたいな感じだ。たくさんの色も目に入ってこなくなった。視界の片隅に見えるのは、鮮やかな映像ではなくテレビ画面の黒色だけだ。

昨今よくテレビ離れが進んでいるという話を聞く。私の友達も2人ほど好んでテレビなし生活を送っているが、どちらもその生活に特に不便はないらしい。総務省がメディア利用に関する調査を公開しているのでちょっと眺めてみた(平成25年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査〈概要〉/総務省 情報通信政策研究所:http://goo.gl/LyNQ4y)。この調査結果での比較は、平成24年度と平成25年度のデータのみなのでテレビ離れが進んでいるかどうかの判断はできないが、40代、50代においてはテレビ(リアルタイム)視聴時間の減少が見られ、10代や20代については他の年代(30~60年代)よりもテレビ(リアルタイム)視聴時間が少なく、下げ止まりが指摘されている。ちなみに私の属する20代の平成25年度のテレビ(リアルタイム)視聴時間は、平日127.2分、休日170.7分で、テレビ(録画)視聴時間は、平日18.7分、休日35.7分である。

さて私のテレビ生活はというとこのデータに全く似つかない。私のテレビ視聴のほとんどは録画したものである。統計データから計算すると、テレビ視聴時間のリアルタイム:録画は、平日で8.7:1.3、休日で8.3:1.7となっているが、私の場合1日のテレビ視聴時間のうち8.5~9割くらいは録画で、残りはリアルタイムである。そしてリアルタイム視聴時間のほとんどは、ながら視聴だ。家にいるときは睡眠時を除いて大体テレビをつけているので、時折現れる気になる言葉や映像に応じてテレビに集中する、みたいな感じである。統計データで録画視聴時間が休日でさえ1時間いかないのに驚いた。

私の一日の録画視聴時間はどのくらいだろうか。ここ1か月くらいを振り返ってみると平均で2時間くらいだろうか。私のテレビ録画視聴の多くはドラマなので、時期によって変わる。今フォローしているドラマは…げ、10本もあるではないか。そもそもテレビなしの生活という選択肢をかなり早い段階で消したのも、ドラマを見れなくなることが困ると思ったからである。地上波のみならずCSで放映されているドラマをけっこう見ているのでやっぱりテレビいるでしょう、となったわけである。ちなみに、地上波ドラマについてはこの1週間スマートフォンのワンセグ機能を初めて使って見てみたが、私の家は電波が悪く、途中で映像は途切れるわ電波を求めて窓際に移動しなくてはならないわでイライラの連続だった…。

しかし、テレビなしの生活を1週間続けてみると静かな部屋にも、ドラマを見ることができない生活にも慣れるものである。静かな部屋は居心地が悪かったので、ネットやアプリでラジオや音楽を流してみた。最初こそ変な感じだったが今は慣れた。今後、家にいるときテレビをつけっぱなしにする必要はないだろう。ドラマについては執着が弱くなった。明日テレビが来たらまたフォローせずにはいられなくなる気がしないでもないが、これから放送が始まるドラマについては少しセーブしようか。

2015/03/06

読書記 モーム 「ランチ」(The Luncheon)

最近、誰かと一緒にご飯を食べに行くとなるとまっ先に頭をよぎるのは、お金のことである。人と一緒に外食するのは好きなので基本的に誘いは断らないし、自分から友人を誘ったりもする。けれど決して思い切りはよくない。「その食事でいくらくらい使うことになるんだろう」「値段に見合った量が出てくるんだろうか」「あ、交通費もけっこうかかるのね…」そんな悶々とした気持ちをしばし抱えることになる。なんともせせこましい自分に悲しくもなるが仕方あるまい。外食は節約生活の敵なのだ。さしあたり貯金を切り崩して生活費と学費をまかなっていることを考えると、外食に十分にお金をかける余裕はない。

とはいえ、私の場合人と外食するときの支払いは、割り勘又は相手が私より多く支払ってくれる、がほとんどである。本当にありがたいと思う。と同時に三十路手前になっても「今日は私がおごるね!」と言えない自分がちょっと恥ずかしい。先日読んだ英作家モームの短編「The Luncheon」(http://goo.gl/994ZSV)の主人公はその点潔い。若き小説家の主人公にファンレターを送ってきた女性の希望に応え、パリの格式あるレストランでその女性と一緒に昼食を食べることにするのだ。もちろん主人公のおごりで。しかしこのランチは主人公にとってとんでもなく冷や汗ものとなる。この女性、「私昼食は1つの料理しか食べないことにしているの。でも~は別よ。」と言いながら旬の食材や高級食材を使った料理を次々とオーダーし、出てくる料理、飲み物をどんどん平らげていくのである。

モームは自身の小説「アシェンデン―英国情報部員のファイル」(http://www.amazon.co.jp/dp/4003725042)中で、小説家には2つのタイプがいる、と述べている。1つは事実を淡々と書いていくタイプ、もう1つは事実を元にしつつも適宜創作して意図的に盛り上げ場面を作っていくタイプ。モーム自身は後者であるとのこと。この短編もそのように書かれているのだろう。設定や主人公の心理描写が巧みで、読んでいるとありありと情景が浮かんでくるし、実際にこんなこと起こりそうである。しかし同時に話の流れが明確で短編全体を通して冗長性を感じない。作りこまれた喜劇、という印象を受ける。私にとってのこの短編のいちばんの面白さは、主人公と女性がランチを巡って交わす会話とその時の主人公の心理描写だ。言っていることとやっていることが裏腹であっけらかんと食べ続ける女性と、支払いを気にして今にも気絶しそうな主人公との掛け合いが面白い。読んでて笑いが止まらなかった。主人公の間合いの取り方や皮肉から女性は終始何も察さず、オーダーを続けるのである。察してほしい主人公の気持ちと行動に共感しつつも、ことごとく叶わず食事が進んでいく様子はとても可笑しい。

ちなみにこの短編にはオチがある。私はこのオチにさほど笑えなかったが、オシャレさ漂うオチである。


追記
日本語訳はこちらに収録されている模様。(http://www.amazon.co.jp/dp/4003725034

2015/02/19

映画レビュー 「ブルージャスミン」

映画「ブルージャスミン」(http://blue-jasmine.jp/)を観た。大好きなウディ・アレン映画ということでDVDを手にとった。ここ何年かのウディ・アレン作品は全部観ているが、この映画はそれらのどれよりも容赦ない話だった。特にラストシーン、主人公がベンチに座って独り言をつぶやくところで終わるのだが、その姿を見たときにはもう、それこそ「笑ゥせぇるすまん」の喪黒さんにドーン!と突きつけらたような感じである。

この映画の主人公は、元セレブの女性ジャスミン。ジャスミンは、実業家でお金持ちの夫とニューヨークでセレブ生活を送っていたが、実は夫は詐欺をはたらいており、逮捕されてしまった。しかも逮捕後自殺。お金も家も夫も失ったジャスミンは、サンフランシスコに住むシングルマザーの妹を訪ね、妹と一緒に暮らしながらどうにかセレブ生活を取り戻そうとする。

ジャスミンは、はたから見れば滑稽でかなりイタい女性である。一文無しなのにも関わらず高価な衣服やアクセサリーを身につけ、飛行機はファーストクラス。妹に生活をお世話になりつつ内装や男の趣味が悪いと文句をたれ、バカにしていた歯医者の受付の仕事に苦戦する。インテリアコーディネーターになることを夢見、政治家を目指すセレブと結婚しようと嘘に嘘を重ねる。ジャスミンは自尊心が高くて傲慢、虚栄心が強く、ことあるごとに過去の生活を思い出してはそこに浸り、現実を認めることができないでいる。

でも、ジャスミンの行動をジャスミンの視点で考えてみると少し違って見えてくる。内容・程度の差こそあれ私も経験したことがあるし、多くの人が経験していることのようにも思う。だから映画を観ていてギクッとしてしまった。ジャスミンの行動や発言から連想されるのは、アイデンティティクライシスという言葉だ。人は通常、社会でさまざまな経験をしながら自分を知る。接する相手や環境によって、年齢によって行動が変わっても自分から出た行動であることには違いなく、統合され一貫性を持った唯一無二の存在としての自己像を得る。アイデンティティは青年期の発達課題としてよく取り上げられる。しかし青年期に限った問題ではなく、青年期に解決しても人生のどこかのタイミングで再び再燃することはある。ジャスミンの場合を考えてみると、彼女はセレブ生活を心から満足し、特に疑問も抱かず当然のことのように感じていた。ジャスミンのアイデンティティはその生活での経験に帰属し育まれていたといえる。しかしその生活は突然奪われてしまう。自分の拠り所であり、自分を自分たらしめていたものが突然奪われるのである。しかもなんとも悩ましいことにそれは自分が衝動的にとった行動によって引き起こされてしまった。そこでこれらの不快な状況から抜け出すべくジャスミンが考えたことは、限りなく元の生活に近い生活を取り戻すことである。自分の信じていたものや大切にしていたものが突然奪われば、どうしたらいいか分からなくて不安や恐怖を感じるし、頭にくるし、絶望する。すがったりもがいたりしてなんとか取り戻そうとするだろう。黙って「はいそうですか」と受け入れられる人はよっぽど精神を鍛錬している人くらいではないか。

が、かといって失ったものにいつまでもとらわれていたり、現実を認めることができないでいるのも精神的にはよくない。これからのことを考えたら、早い段階で現実に向き合い、折り合いをつけてアイデンティティ再確立に励んだほうが断然いい。その意味で対照的なのはジャスミンの息子(夫の前妻の子のため血はつながっていない)である。ジャスミンは過去にとらわれたままで映画は終わってしまうが、息子は父親の詐欺で友人も信頼も失い、大学をやめて家も飛び出し、荒れた生活も経験したが、現実を受け入れ、地に足のついた生活を始めていた。私はなかなか気持ちを切り替えられないたちなので、ベンチに座って過去を回想しながら独り言をつぶやくジャスミンを見てゾッとした次第である。

私がこの映画でいちばん魅力を感じたのはジャスミンの精神状態とその描写(ケイト・ブランシェット、よかった!)だったが、他にも見どころがある。例えば作品の構成。ジャスミンが過去にとりつかれているようすを表すかのように、ジャスミンによる回想がちょくちょく織り込まれているのだが、物語が進むにつれてなぜジャスミンが一文無しになったのかが分かるようになっている。その理由はなかなか衝撃的である。それからジャスミンとは全く異なる性格の妹。姉と暮らし始めたことで妹にもいろんな変化が訪れる。姉に感化されたりする、全編を通しての妹の変化も共感できるし楽しいと思う。

2015/02/14

読書記 ブレヒト 「ガリレイの生涯」

大学では今年度の講義が全て終わった。今年度は今まであまり接してこなかった分野の講義をいろいろとってきた。その中でおもしろかった講義のひとつは、「科学史」である。その名のとおり科学の歴史についての講義。先生は主に、科学界で歴史に残る人たちの人生や彼らにまつわる小話を紹介していた。私にとって科学はこれまで、数式や理論で覆われている堅くて静かで冷たいイメージだった。でもそれらを生み出した人たちの生活やエピソードを知ったら、科学が血の通ったものになった。そう、科学は血の通った人間が作り上げてきた世界なのである。科学者たちは、世の中に貢献する理論を生み出す能力と、それを活用するための努力と情熱を持っていた。でもそれだけでなく、恋愛や趣味を楽しみ、愛や嫉妬で葛藤し、利己心や自己顕示欲にも駆られる。それに科学者たちの功績は、彼・彼女たちを取り巻く人たちや当時の社会の状況も十分に作用したゆえ成し遂げられた。そんなことを十分に感じる講義だった。

先日、講義中に先生が紹介していた本を一冊読んでみた。ドイツの劇作家ブレヒトが史実に即して書いた「ガリレイの生涯」(http://www.amazon.co.jp/dp/4003243927)である。地動説を証明したガリレオ・ガリレイ(1564-1642)の半生をブレヒトが戯曲にした。ガリレオが初めて夜空に望遠鏡を向けたとされる1609年から、2度の裁判(1616、1633)、そしてガリレオの最後の著作「新科学対話」の原稿がガリレオの書斎を出て祖国イタリアの国境を越えるところまでを15幕に分けて描いている。

ガリレオの生きた時代は、キリスト教会が政治的権力を有していた時代だ。人々は聖書と教会が提示する解釈がすべてだと思っていた。ガリレオは政治的な利害と人々の無知の中で、自分のために世の中のために真理を探求し続けた。2度かけられた裁判もその代償である。望遠鏡を使って天体の観測を始めたガリレオは、地球が太陽の周りを回っていることを確信し言及し始めた。しかし、聖書の記載と矛盾する地動説は教会にとっても天動説を信じきっている人々にとっても具合が悪い。地動説が普及し信じる人が増えれば、これまで同様教会組織は人々を統治しきれなくなるかもしれない。教会はガリレオを2度裁判に召集した。1度目の裁判では、コペルニクスの地動説や本が禁止となったが、ガリレオの研究を妨げるような判決は起こらなかった。しかし、地動説信奉者と天動説信奉者を議論させる「天文対話」を出版すると、ガリレオはまた裁判にかけられる。そして、前回の裁判で言及されなかった「地動説の教示の禁止」を破ったとして罰せられ、「天文対話」は禁書となる。ガリレオは、地動説を放棄する旨の異端誓絶文を読み、死ぬまで監視つきで軟禁を強いられることとなった。

ブレヒトが描いたガリレオは、私がイメージしていたガリレオ像とは異なっていた。そもそも私はガリレオって、物理学者で地動説を唱えて、それでも地球は動いているっていった人、くらいの知識しかなかったから、むしろブレヒトの描いたこの戯曲を読んで活き活きとしたガリレオが目の前に現れた、と言ったほうが正しいかもしれない。ブレヒトが描くガリレオは、真理を追求し周知せずにはいられず、使命感をもって研究し、真理が普及することで全ての人々は啓蒙されることを信じていた。生活資金を稼ごうと画策し、教会と折り合いをつけながら研究をあきらめないための手段を講じる現実的な思考を持ち合わせ、観測データや実験から理論を導き、自らの行動(地動説を放棄したこと)を冷静かつ辛辣に批判する理性を披露するのである。

戯曲の中のガリレオが実際のガリレオにどの程度近いのかはさておき、戯曲に書かれた当時の社会と科学との関係、ガリレオの自己批判は、「私たちは科学の功績をどう扱うのか」という問いを投げかけている。ここでそのシーンの概要を少し加えておくと、ガリレオが地動説を放棄したことで、ガリレオを慕っていた者たちは失望し怒りを抱いた。でもガリレオは新しい著作「新科学対話」を密かに完成させていて、その昔はガリレオを慕っていた来客にそれとなく持ち出すよう示唆するのである。その来客はガリレオとのやりとりで、ガリレオが地動説を放棄したのは科学を続けるためだったのでは、と考える。しかし、ガリレオはそれを否定し、客に向かって科学の目的(人間の生存条件の辛さを軽くすること)を説き、科学の知見が権力者に渡ったときに一般人たちにもたらされうる難を危惧し、自分が地動説を撤回して科学を権力者の手に委ねたことを激しく非難し始めるのだ。このときブレヒトの頭には、アメリカによる原爆投下があったのは事実である。

「科学の功績をどう扱うか」という問いは今、ガリレオの時代よりも戦時中よりも、一般人のもとに迫ってきていると思う。例えば遺伝子診断。女優のアンジェリーナ・ジョリーがちょっと前にガンのリスクを考慮して胸を切除したことが話題になり、出生前診断を行えば、胎児の染色体異常のリスクを調べることができる。最近ではいくつかの会社が遺伝子診断事業を始めた。自分だったら遺伝子診断をどう扱うだろうか。もし診断してガンになるリスクがあったら私も胸を取るんだろうか?でもどれくらいのリスクだったらそうするんだろうか?そもそもガンになるリスクを知るリスクだってある。知っといたほうがいいのか、知らぬほうがいいのか。あとで後悔しないのはどっちなのか…。ちょっと考えたくらいでは答えがまとまらない。

私は、科学の発展に多くの人が関わるようになり、科学の恩恵を多くの人が受けることができるようになっている今の時代が好きだし、否定する気もさらさらないし、今後の発展も期待している。だけどそれを自分ごととして捉え始めるとちょっと不安を覚える。

2015/02/13

家族って・・・

「8月の家族たち(原題:August: Osage Country)」(http://august.asmik-ace.co.jp/)という映画を見た。父親の失踪と死をきっかけに家族と親戚が久しぶりに集まったものの、食事会で激しい口論が起こり、込み入った人間関係が明るみに出て、また離散する、という話だ。これではあまりにも端的すぎる説明なので、詳しくは映画やサイトを見て欲しいが、家族や親戚との関係で葛藤を抱えたことのある人ならきっと、共感するポイントがいくつか見つかるはずだ。初期のガンを患いヤク中状態の母親を演じたメリル・ストリープは、のっけからド迫力の演技を見せてくれる。

家族との付き合いはときに非常に悩ましい。自分のことをどこまで家族に伝えるか、家族間で起きた嫌なことをどうやり過ごすか・・・簡単に断てるような仲ではないがゆえ、互いがいろんな気を回し、面倒ごとも頻発する。

私の家族は、父、母、私の3人だから、私にとっての家族との付き合いは、親との付き合いを意味する。楽しかった思い出や嬉しかった思い出は多いが、長く続いた揉め事や葛藤もあった。それこそ20歳そこそこくらいまでは、親に自分のことを理解してもらいたくてがんばっていた。親のことを理解するよりも自分を理解してもらうことが優先だった。しかし今ではその情熱は薄れた。以前のように、自分のことを理解してもらおうとたくさん話したり、本音を伝えようとしたり、口論したりしてがんばることはなくなった。自分のために、親に強く出ることはなくなった。あきらめたとも言えるし、どうでもよくなったとも言える。もちろん理解してくれるに超したことはないが、それはあくまでも理想で、現実では到達できないことのように思う。そもそも私だって親のことをそんなに分かっていない。親が私に見せる姿から親がどんな人かを把握していただけで、それは親の一面にすぎないのだから。

今の、親に対する思いは、自分を分かってほしいと思っていた時よりも少々複雑だ。私は年をとっていく親に困惑している。ひとり暮らしをしているため、親の姿をいつも見ているわけでなはい。だから数カ月ぶりに実家に帰ると、前に比べて親が年をとったのがはっきり分かる。体の不調が増えたとか、忘れっぽくなったとか、そんなことを訴えるようになった親にどう対応したらいいものか。話は聞く(正直、話を聞くのもちょっと辛い)、でも返す言葉が見つからない。将来的には私が親をサポートしなければならない。でもどうやって?親が年をとるのは避けられない。でもまだ私はそのことを受け止めきれていない。少しずつそのための準備をしていかなくてはならないのかもしれない。


2015/02/03

少女マンガ談義

少女マンガとの付き合いを思い起こせば、小学生の頃からだろうか。父がマンガ好きなこともあって、マンガはよく買ってもらえたから、小さいころからよく読んでいた。昔ほどは読んでいないが、今でも少女マンガを読むのは好きだし、無性に読みたくなるときがある。そんなときは、家にある好きなマンガのわずかなコレクションを再読するか、ブックオフに立ち読みしに行く。

少女マンガの中で私がもっとも好きなのは「イタズラなKiss」(作:多田かおる)(http://www.amazon.co.jp/dp/B00QAI62NA)である。小学生の頃初めて読み、これまでに何度読み返したかわからない。このマンガはこれまでに幾度かドラマ化されていて、現在もフジテレビが新しいのを放映している。最初のドラマ化は90年代に日本で、今世紀に入ってからは台湾と韓国でも制作された。そして今回再び日本で新しいキャストで制作された。ドラマも全て見ているほどの好きっぷりなのだが、今回の日本版は先に挙げたどのバージョンよりもストーリーやキャラクター設定が原作に忠実で、こちらにもはまっている次第である。

「イタズラなKiss」は、主人公の琴子と入江くんの高校時代~20代における恋愛物語だ。落ちこぼれで料理下手、たいていのことは失敗する琴子が、IQ200の天才かつ運動神経抜群、高身長で顔もかっこいい入江くんに恋をし、ラブレターを渡そうとするも、受け取ってもらえずに拒絶されるところから話はスタートする。その後諸事情により、琴子と琴子の父(琴子の母は亡くなっているという設定)は入江家に同居することになり、いろんな障壁がありながらも、いつの間にか入江くんも琴子を好きになり、2人は結婚、琴子は4年越しの恋を実らせる。結婚&大学卒業後はそれぞれ看護師と医師になり、結婚生活も続いていく。作者が連載中に亡くなってしまったため、作品は未完。ざっくりとしたあらすじはこんな感じだ。

もう数えきれないくらいこのマンガを読んでいて、話の展開も印象的なシーンも詳細に覚えているに、それでもまた読みたくなるのはどうしてだろう。なんで私はこのマンガが大好きなんだろうか。恋愛ものだがストーリーはコミカルでおもしろいし、絵も嫌いじゃない、脇役もたくさんいて、それで話もさらに盛り上がる、好きなところはいくつかあるが、「主人公が好き」というのがいちばん大きいと思う。主人公は前出の琴子と入江くん。2人の雰囲気や恋愛模様も好きだが、それ以上に個々のキャラクターが好きなのだ。

琴子は上記したように、ドジでたいていのことは失敗し、高校・大学では落ちこぼれ、見た目は人並みである。しかし同時に、元気で明るく前向き、そして自分の感情や思いに正直で、しばしばそれに忠実に行動する。裏表がなく、できてもできなくても一生懸命。友達思いですれていない。入江くんへの気持ちは誰よりも重く、いつも全身で好きをアピールしている。私は読むたびに琴子のキャラクターに心を動かされるし、その素直さや、突っ走った行動に走るパワーを純粋にすごいと感じる。そして可愛いとも思う。琴子が醸し出すパワーに感染した、とでも言おうか。おそらくそれは、自分が自覚している自分と、自分がこうありたいと思う自分の差に由来するものであり、あこがれが混じっているんだと思う。琴子以上に私に感染力を発揮するマンガの主人公に会ったことがない。

もうひとりの主人公の入江くんは、属性ではMr.パーフェクト。頭良し、ルックス良し、しかもなんでもできる。しかしなんでもできるがゆえ、常に冷静沈着で冷淡なところがあり、平気で人をバカにする。でも入江くんは琴子と嫌々接してく中で徐々に変化していく。これまで湧いてこなかったような気持ちを感じたり、変わっていく自分に戸惑ったりする。琴子は入江くんにも感染力を発揮するのだ(私より入江くんに感染するほうが先であるが…)。そして冷淡さは緩和され、根っこのところに優しさを持ち合わせた人間になる。入江くんの魅力は(もちろん属性もすばらしい)、異質なものや変化を受け入れそれに対処していく、優しさをはき違えていない、というところだろうか。異物・変化は自己の安定に揺さぶりをかけるため、基本的には脅威である。にもかかわらず物語が進むにつれ、それを受け入れて向き合うということを自分の意思で選択する。もう逃げられないと思った、慣れてきた、一緒にいると意外と楽しい…理由は何にせよ、自分から変化に飛び込んでいくにはけっこう力がいる。はき違えていない優しさとは、言い換えれば上っ面の優しさではない、ということ。相手の成長のための優しさ、相手の幸せを考えたうえでの優しさとでも言おうか。そういう優しさは、相手と向き合い、相手のことを考えている証拠である。

少女マンガの登場人物についてこんなに熱心に語っていると、「所詮マンガの世界でしょ」「現実にはそんな人はいないよ」などいう辛口コメントが聞こえてきてそうだ。「それはそうなんだけど…」と答えそうになる。がしかし、登場人物そのままのような人間は存在しないかもしれないが、登場人物が持っている個々の特性は現実の人間に存在しないものではない。よって、これは少女マンガに限ったことではないが、登場人物を好きな理由を探ることで、自分のことがちょっとだけ明らかになる。自分は人間のどういう部分に価値をおいているか、今の自分はどんな状況なのかが見えてくる。モデルとしても機能する。

・・・まぁ詰まるところ、少女マンガの世界に浸るのは楽しいのだ。