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2015/09/22

本レビュー ミック・クーパー「エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究 クライアントにとって何が最も役に立つのか」

心理臨床家のミック・クーパーによる著書、「エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究―クライアントにとって何が最も役に立つのか」を読んだ。現在心理臨床の領域では、サイコセラピーがいくつも存在し、カウンセリングもセラピストにごとにいろいろなやり方でなされている。それらは実際、精神疾患を抱えたクライアントの治療に役に立っているのか、役に立っているならば、それは何の/誰の何に起因するのか。これまでに公にされてきたセラピー・カウンセリング関連の大量の論文に掲載されているデータをメタ分析することでこれらの問いに答えていこうという本である。

カウンセリング、サイコセラピーはクライアントに対して役に立っているのか?私もこの問いについて考えてみた。私はカウンセリングやセラピーを受けたことがないから、あくまでも自分が何らかの精神疾患を抱えてカウンセリングやセラピーと受けることを想像して考えているにすぎないのだが、自分の話を聞いてくれる人がいて、症状改善へと進むのをサポートしてくれたなら、私は安心感をおぼえいくらか安定するだろう。家族や友人、恋人など、自分との距離が近い人には言いづらいことでも、自分と距離のあるカウンセラーやセラピストには、言いやすいというのもあるかもしれない。しかもカウンセリングやセラピーにお金を支払っているわけだから、なおさらである。しかしここには、私がカウンセリングやセラピーによって自分の症状を改善することを望んでおり、担当のカウンセラーやセラピストとの相性がよい、という前提が横たわっている。もし、私が自分の症状について特に不満がなかったり、症状があることにもあまり気づいていないときはどうだろう。カウンセラーやセラピストの介入は迷惑に感じるだけで、新たな問題を起こすきっかけになるのではないか。カウンセラーやセラピストとの相性が合わない場合も同様であろう。そう考えると、クライアント自身の症状に対する理解と今後どうなりたいかという意思、カウンセラーやセラピストとの人間関係は、カウンセリングやサイコセラピーがクライアントにとって役に立つかどうかの鍵を握っているように思える。また、カウンセリングやサイコセラピーの効果は、クライアントが実際にカウンセリングやサイコセラピーを受けているときにのみ測られるものではないと思う。たとえカウンセリングやサイコセラピーによって精神の安定を得たとしても、その状態がカウンセリングやサイコセラピーを終了したあとも続かなければ、クライアントの役に立ったとは言えないだろう。なぜなら、カウンセラーやセラピストに頼り続けることは、たいてい不可能だからだ。カウンセリングサイコセラピーを受けている間に、自分で自分を立たせ持ち直す力を養っていくことができるのか、それによってもカウンセリングやサイコセラピーの効果が測られなくてはならないだろう。

では、著者はこの本でどのような結論を提示しているのだろうか。カウンセリングやサイコセラピーの効果に関するこれまでの研究は、大きく分けると、カウンセリングやセラピー全般に関わるもの(セラピーでどのくらいのクライアントが良くなるのか、セラピーの費用対効果、セラピー効果の持続性など)と、考えられる特定の要因に焦点をあてたもの(クライアントの属性や特徴、クライアントのセラピーに対する期待、セラピストのパーソナリティ、クライアントに対するセラピストの関わり方、セラピストとクライアントの関係の質、特定のセラピーの技法の効果など)がある。これらの研究をメタ分析した著者によれば、「カウンセリングは有効」だそうである。これは、カウンセリングやセラピーを受けた人は、そうでない人に比べて最終的に苦悩が少なくなっていること、さまざまな心理的苦悩に対して、カウンセリングやサイコセラピーは薬物と同等に効果的であり、長期的に見れは薬物よりも効果的であることを意味している。

先に私が述べた、クライアントの意思やセラピストとの相性、セラピーによる自助効果に関係のありそうな研究もこの本でいくつか紹介されている。これまでの研究で、クライアントのセラピーへの積極的な参加の度合いは結果を予測するうえでの最も重要な決定因の1つであることや、クライアントのセラピーに対する内発的/自律的な動機付けの水準とセラピーの結果とは特に関連が高いとされている。また、クライアントとセラピストの治療同盟(治療同盟:セラピストとクライアントの間に生じる以下の要素の質や強さ:セラピーの目標の合意、セラピーにおける行動やプロセスについての合意、肯定的で情緒的な絆の存在)によって、全セラピー結果における肯定的な変化の約5%が説明できることが示唆されているという。一方、私はとても興味深いと思ったのだが、適正処遇交互作用(ある性質や特徴をもつクライアントは、ある様態のセラピーにおいて、その他のセラピーよりも成果を上げるという考え方、p.73)を裏付ける結果となった研究はあまりないようである。さらに、セラピー後のクライアントの状態については、セラピー終了時に良い成果をあげていたクライアントはセラピー終了後6ヶ月、1年時の再調査時に良い状態にいる傾向にあり、セラピー中少ししか改善しなかったクライアントは再調査時にもあまり改善が見られない、という結果が出ている。

この本を読んでいて新しく知った概念の1つに、「ドードー鳥の判定」というものがあった。これは、「さまざまなセラピーが、効力や実効性においてほぼ同等であるという主張」(p.66)である。一口にセラピーといっても、異なる技法や理論に基づいたさまざまなセラピーがある。複数の研究を俯瞰してみたとき、相対的にはどのセラピーを施しても特定の精神疾患への効果に大差はないというエビデンスがこれまでに多く示されているようだ。この「ドードー鳥の判定」には反対派も存在し、決着はついていない。