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2016/09/03

読書記 三田紀房,関達也「銀のアンカー」

「今更こんなこと言われても,もうどうにもならないじゃん!」とこの漫画を読みながら何度思ったことか。悔しいし,やりきれないし,自己嫌悪にもなるし,漫画の中の就活生たちをうらやましく思うし。読めば読むほど,私自身の就職活動を思い起こさずにはいられない「銀のアンカー」は,最後まで読み切るのがしんどかった。それもそのはず,私は新卒で入社した会社を7ヶ月でやめたからである。そしてその最大の理由は,社会のことも自分のこともろくに考えずに,よく分からないまま適当に就職活動を行って終了してしまったことにあると思っている。自分が社会に対して何ができるかなんてこれっぽっちも考えていなかったし,お金を稼ぐことがどれだけ大変かも全然分かっていなかった。完全に「働く」ということを舐めていた。

『銀のアンカー』は,大学生の就職活動を描いている。それも,自分が何をしたいのか分からない,就職活動をどこから始めたらいいのか分からない,ごく普通の大学生たちの就職活動である。彼らが,凄腕ヘッドハンダーから指南を受けて社会を知り,自分を知り,企業を知って自らが向かう道を定め,書類選考,面接を突破して,内定を勝ち取り社会に出るまでの足取りを,実践的なアドバイスと実践例を出しながら描いている。

この漫画には,「これ私じゃん!」と感じる大学生がたくさん登場した。例えば,就職活動しなきゃいけないと思っているけど,就職したくないし,どうしたらいいか分からないしと,もんもんとしてなかなか行動を起こせない大学生。仕事に対して現実離れした夢を見て,企業からの情報はすぐ鵜呑みにしてしまう大学生。社会の現実と向き合わず,社会に蔓延するずるさや汚さを嫌悪して,自分の信じるきれいごとを並べる大学生。どれもこれも私じゃないかと,読んでいてうんざりするほどだった。
就職活動をしているときの私はまさにこんな感じだった。親からは,「卒業したら就職しなくてどうするんだ」と散々言われ,周りの友達も就職活動をしているのを見て,「あぁ,私も就職活動しなきゃいけないのか」と思って,人より出遅れて就職活動を始めた。そして見よう見まねでやった自己分析。自分の過去を掘り下げて,いろいろな経験を思い出してみたけれど,私には自分が何をしたいのか,どう生きたいのかが見えてこなかった。いや,というよりも,見えてきたことは見えてきた。しかしそれはどこか嘘っぽく,無理に作ったものっぽく,自分の心からの気持ちを反映しているようには到底感じられなかった。そんな状態だから私は見境なくいろいろな企業を受けていた。そしてその度に,自分でもよく分かっていない志望理由を書き続けていた。

こんなことになった理由は,明らかである。私は社会を知ることを怠ったのだ。自分は何をしてきたのか,自分は何をしたいのか,それはそれなりに考えていたが,私は自分しか見ていなかった。社会の中の自分,他人と共生する自分という視点から自分を捉えることが全くなかった。自分を社会の一員として捉えて自己分析をすることの必要性は,漫画の中でも描かれている。凄腕ヘッドハンターは,鏡の部分がすっぽり抜ける手鏡を大学生に渡し,最初に鏡に自分の顔を映させた後,鏡の部分を抜き取り,そこから社会を見るように促す。そして,自分が社会とどう関わっていくかを考えることが自己分析だと説くのである。

さらにもう1つ理由がある。私は社会だけでなく,業種,職種,企業について調べることを怠った。漫画には,普段店で目にする商品やサービスを扱う業種にしか学生は目を向けないと描かれていたが,私もそうだった。BtoB取引をメインに展開する業種など,全然頭になく,自分が当時知っていた商品やサービスを扱う企業ばかりを狙っていた。しかも,業界ごとの給与額も調べなかった。漫画では,業界ごとに給与に差があるという事実を知っておくべきこととして描いているが,当時の私は「高ければいいなー。でもそれよりやりたいことやれるかが重要」などと悠長かつ夢物語を宣い,お金に全く敏感ではなかった。お金の重みを理解し,どうしてもやりたいことがなかったことを実感している今なら,当時の私がいかにばかげた考えを持っていたかが分かる。
さらに漫画では,営業職について大学生に考えさせるというエピソードがあった。ここでも私は漫画の大学生と同様だった。営業職を,ノルマや積極性や媚を売ることと,と決めつけて,自分には向いてないししたくないからと最初から除外した。もちろん営業ではノルマも積極性も媚を売ることも必要だろうが,それだけで成り立つわけではない。そもそもそれだけしか持ちあわせていない営業マンに企業も個人も金を出さないだろう。冷静に考えれば分かることなのに,私はそんなことを考えようともしなかった。
業種や職種についてだけでなく,企業をどのように調べるかも漫画で扱われている。企業を知るのに最も有効なのはOB訪問とのことである。企業が開催するセミナーや企業のホームページ,パンフレットでは,企業は基本見せたい情報しか学生に提供しない。それらだけから実際に企業で働く自分の姿を想像すると,確実に入社後ギャップを感じることだろう。だから,企業で実際に働く人に個人的に話を聞くことが重要なのである。その話から,自分がその企業で働く具体的なイメージを考え,企業ごとにそれらを比較する。そうして初めて,入社後スムーズに企業に適応することができるのだ。私は就職活動時,学校でもOB訪問しろと言われていたし,周りにもそうしている友人がいたにも関わらず,「面倒くさいから」,「そんなことしなくてもいろいろ情報集められるし」と思ってしなかった。確かにいろいろな情報を集めることはできた。しかし今振り返れば,それらの情報は,自分の就職を考えるということにおいて,本当に価値があった情報だったとはいえない。私は会社にとって都合のいい情報,自分にとって都合のいい情報しか見ていなかった。そして見ていた企業の数も少なかったから,企業を判断する目も養われていなかった。そんな状態では,自分が一生働きたいと思える企業と巡り会えることは奇跡に近いだろう。

こんな調子で,漫画のページをめくるたびに自らの就職活動のダメさを改めて実感させられていったわけだが,同時に,世の中の大学生たちは私と同じようなことを考え,悩んでいたのかとも思った。私は就職活動中,友人たちと頻繁に連絡し合うこともなかったし,選考で知り合った就活生と情報交換することもなく,就職課に助けを求めたこともなかったから,一人で困って一人で焦っている状態だった。内定を手にしたという話が周囲から聞こえてくる度に,とれていないのは自分だけだと思い込み,自分のダメさに落ち込むだけで,大半の人が私と同様苦労しているなんて考えてもみなかった。漫画の中の大学生たちは,誰一人として順調に就職活動が進んでいない。みんな私と似たようなことを考え,感じ,どうにかしようともがいていた。そこは私と何ら変わるところがない。ただ私と違ったのは,彼らは一人で就職活動を行わずに,他の就活生と情報や感情を共有しながら進んでいったことと,自分がどう生きていくかを現実的に考えたことである。

漫画では,日本は「失敗したら腹切り」の文化で,キャリアアップという考え方が根付いていないゆえ,新卒での就職に失敗したら,格差社会の下の層へどんどん降りていくことになると描かれていた。たしかに,そのことは私もじわじわ実感している。人より秀でた何かがないと,転職ゼロの人たちと同等以上の市場価値にはならない。私はお金が欲しいし,自分が努力して身につけたスキルを使って人に何かを与えたい。であるならどうするか。その欲を満たすための舵取りを今すぐしなくてはならない。悔やんでばかりでは何も変わらない。

すぐに行動すること,自分には無理だと思って自分にストップをかけないこと,社会を知り,その中で自分が何をするか考えること。これらは就活生に向けたアドバイスとして漫画に描かれていたことだが,私に向けられたアドバイスでもある。くだらない理屈をこねて重い腰を上げない,自分には無理と思って及び腰になる,いつも自分が中心で社会に心を開かない,そんなことでは金銭的にも精神的にも今の満足レベル以下の満足しか待ち受けていないように思える。今やるか,さもなくば死か,くらいの勢いでないと私の望むものは手に入らないだろう。しかしそれだけでないけない。あくまでも落ち着いて冷静に。ふんばってとにかくやる,それだけだ。