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2016/09/30

電子書籍ライフ

最近は電車に乗ると,必ずと言っていいほどスマホでマンガを読んでいる人を目にするようになった。ネットを開けば,本として出版されているマンガだけでなく,電子版限定のマンガも多々目にするようになり,ネットでマンガを読むのが自然なことになってきているんだなーと感じている。かく言言う私も最近は,紙の本だけでなく電子書籍を読むようになった。新刊のコミックスは,今年に入ってからはすべてアマゾンでダウンロード,電子書籍にすることにかなり抵抗があった活字中心の本も,2冊ほど電子版を購入してみた。それら読み終え,私も電子版は紙の本よりメリットが多いなと感じ始めた。紙よりも電子版のが安いし,場所をとらないのはもちろんだが,電子版のほうが読みやすくて,圧倒的に効率がいい。電子版を読む前は,電子版ってなんか読むの疲れそうだし,本を読んでるって感じしないよな~という偏見を持っていた自分が恥ずかしい。

読みやすさを感じたのは,紙の本のように両手で広げて読む必要がないからだ。私は,雑誌のように本が開いた状態で安定しているタイプの本が好きである。なぜなら腕と手が疲れないし,読みながら別のこともできるから。両手を拘束されずに本が読めるなんて,ストレスフリー!それに,電子書籍のページは,開くと雑誌のように完全に二次元になる。それは本当に読みやすい。紙の本でよくあるような,本を閉じている場所付近に折り癖がついたりカーブになったりで読みづらくなることがないから,それもストレスフリー。薄暗いところでも読むのに支障をきたさないのも読みやすさの1つ。画面が明るいから,周りは暗くても問題ない。

そして,複数のデバイスで電子書籍を読めることがなんといっても効率的。私は,ノートパソコン2台とスマホ1台を持っているが,kindle経由の本はアプリ1つでどれからでも読めるし,データ化されたそれ以外の本も,どこからでもアクセスできるようにしている。私は何かしらのデバイスをいつも持って行動しているから,家で読んでてそのまま本おいてきちゃった!とか,持ってきたこの本は気分的にく読みたくなくなっちゃったけど,家にあるあの本が読みたい!と,惜しい気持ちになることが減っている。効率の良さをもう1つ挙げると,いちいちしおりをはさんだり,どこまで読んだか記憶して,次読むときにそのページまでたどっていく必要がない,ということ。kindleでは読み終わりはネット上で共有されているから,どのデバイスで読んでも,前回読み終わったところにすぐページを移動できるし,ほかの本でもデータをバックグラウンドで開きっぱなしにしていれば,同じこと。

電子書籍は今後も私の手元に増えていくだろうな。

2016/09/29

面白い研究・面白い論文

研究がなかなか思うように進まない。現在「メタ認知」に興味があり,いろいろな文献を読んで情報収集+研究計画づくりをしているのだが,なかなかアイディアが生まれない。先日友人に,「卒業論文面白くなりそう?」と聞かれて,「ならなそう…」と即答してしまった。今の状態からは,今後面白くなりそうな要素がまったく見当たらない。自分の研究,卒業論文,面白いものにしたいな…。ということで,面白い研究・論文ってどんなのがあるか調べてみた。

最初に思い浮かんだのが,イグノーベル賞。ググってみると,つい最近2016年の受賞論文が発表されていた(http://www.gizmodo.jp/2016/09/2016-ig-nobel-prize-winners.html)!なんとバラエティー豊かなトピックス!突拍子もないものから,身近に起こっている出来事を実証するもの,実用的なものまでそろっている。生物学賞の野生動物になりきるとか,文学賞のハエ収集とか,どこに魅力を感じて始めたの!?平和賞のでたらめを人がどう受け取るかの話とか,心理学賞の世代別うそつき能力の話とかは,もろ日常生活のことである。でたらめを言ったり聞いたり,うそを言ったり聞いたり,私も含めて多くの人がしていることだけど,それを具体的な研究に落とし込むまで考えたことないよな…。医学賞の左腕を掻いて右腕のかゆみを抑えるってのは…講義で聞いたことのあるラバーハンド錯覚の応用!?と思った。ラバーハンド錯覚とは,ある手続きを踏むと,目の前に置かれたラバーハンド(手の模型)を自分の手だと錯覚する,という現象なのだが(詳しくはhttps://goo.gl/PfEsUS 動画はこちらhttps://youtu.be/sxwn1w7MJvk?list=PLwHE59lNfxCrnvEY1foLLzQVYQWlA0EsN),左手を鏡で見ながら右手を掻いているように掻くことで,右手が掻かれていると脳が錯覚を起こすのだろう。とはいえ,痒みを止めることに応用できるなんて考えてもみなかった。とりあえず,今度痒くなった時にやってみよう。

面白い研究でもう一つ思い浮かんだのが,サンキュータツオ氏が書いた「ヘンな論文」という本のこと。彼はヘンな研究論文を収集するのが好きらしく,集めた論文の13本をツッコミ満載で紹介している。一見するとなんでそんなこと調べたの?というものから,私もそれ気になるー!というものまで,こちらのトピックスも本当に様々。どの論文のトピックも著者のツッコミも面白いので,詳細は実際に読んでほしいが,「「浮気男」の頭の中」で紹介されている論文の結果を見ては,あ,最終的に彼らは開き直るんですね…という解せるような解せないよう感覚に陥り,「「なぞかけ」の法則」で紹介されている論文では,なんでそれを面白いと感じるのか,ってことにまで踏み込んでいるではないか…まさに面白い研究・論文について考えるのにダイレクトにつながる情報。「「しりとり」はどこまで続く」で紹介されていた,広辞苑に載っている単語をコンピュータで計算させ,しりとりは最長どのくらい継続させることが可能なのかを明らかにした話とかびっくりだ。「「あくび」はなぜうつる」の章については,あくびってうつるなと私も思ってたよ…と。結局,日常感じるちょっとしたことを,深く掘り下げて考えたり調べたりしていけるかどうかで,研究は生まれるのだろう。ちなみに,相撲取りのマゲを結う人のことを床山と呼ぶことを,床山の生態を調べた論文を紹介していた「現役「床山」アンケート」の章を読んで初めて知りました。

2016/09/28

疾患自体がミステリー

ここ最近,「キルミー・ヒールミー」という韓国ドラマを見ている(http://killme-healme.jp/)。解離性同一性障害(多重人格)を患っている男性が,新米女性精神科医のもとで癒され,症状を改善させていくプロセスを描いた話だ。謎解き要素と恋愛要素も盛り込まれていて,ぐいぐい引き込まれる。そして解離性同一性障害の男性を演じるチソン,イケメンなうえに演じ分けがすばらしい。にしても解離性同一性障害,謎である。ドラマの内容よりも疾患自体がミステリーだ。

ドラマを見ててふと感じた一つ目の謎は,交代人格の名前ってどうやって決まったのだろう,ということだ。私には名前がある。でも私の名前は私がつけたものではなく,親が私の意思とは関係なく勝手につけたもの。赤ちゃんの頃からその名前で呼ばれ続け,いつの間にかその名前が私の名前だと認識するようになり,私は私の名前の人物になる。多くの人がこのようなプロセスをたどっているはずだ。では,多重人格に現れる交代人格たちはどうなんだろうか。交代人格は主人格の脳の中で生み出される人格で,主人格の一生のうちのどのタイミングで出てくるかも,どのくらいの頻度で出現するかもバラバラ。だからほかの誰かが名付けたとは考えにくい。さらに,主人格が交代人格の存在を把握しているとも限らないから,主人格が名付けたとも考えにくい。とすると,交代人格が自分で好きな名前を名付けたんだろうか?となる。え,でも名前付けるにも言葉知らなきゃいけないし,名前として使われている名前をつけているから,名前に関する知識があるんだろうか?

そう考えると次の謎が生まれてくる。交代人格と主人格はどのくらい記憶を共有しているのだろう。ドラマの中で交代人格たちは,言葉を話したり車を運転したり,絵を描いたりできる。交代人格たちがそれらの能力を,赤ちゃんがゼロから習得するように習得したとは考えにくいから,多分主人格が持っている手続き記憶を共有しているのだと思う。しかし,ビリー・ミリガン(実在した多重人格者)のように,主人格が習ったことのない言語を使える交代人格もいたりするので,手続き記憶だからといって共有されるとは限らないのだろう。個人の経験(エピソード記憶)に関しても,共有していることとしていないことがあるようだ。ドラマでは,交代人格たちがしていたことを主人格はまったく覚えていないものとして描いていた。そして交代人格たちは,自分がしたことを覚えている。ということは,記憶としては脳のどこかに存在していて,主人格はそれを引っ張り出せないということになるのだろう。でも逆に,交代人格は主人格やほかの交代人格についてよく知っていたりする。「24人のビリー・ミリガン」にもそんな話があった。ということは,どのくらいの記憶を脳から引っ張り出して意識化できるかは,それぞれの人格で違うということになる。じゃあその違いってどうして生まれるんだろう?

さらに,もう一つ。ドラマで登場する交代人格たちは,自分が交代人格であることを認識している。え,それってどういう感覚?なんで交代人格だって分かってるの?というか,どういうプロセスを経て主人格から分離して交代人格へと確立するんだ?

…本当に謎だらけ。


参考資料
記憶の分類(https://bit.ly/3uTmvud) 
ダニエル・キイス「24人のビリー・ミリガン」

2016/09/27

プレゼント選び

久しぶりに会う友人にプレゼントを買いたいなと思った。何を買うのがいいだろう。プレゼントするなら,やっぱり相手に喜んでほしい。でも一体,どういうこと/ものに喜びを感じてくれるんだろう。その友人とご飯を食べに行ったり遊んだりしたときのことを思い出して考えてみた。…答えがまとまらない。そして,「私,この人のこと実はよく知らないのか!」とはたと気づき,相手のことをどれだけ知ってるかでプレゼント選びの難易度って変わるなと思った。

プレゼント選びはお土産も含め,これまでに何度もしたことがある。どんな相手にあげるにしてもいつも大なり小なり悩むのだが,どうにも困ったときは食品を選択肢にすることで対処してきた。特に菓子はそれほど好き嫌いが分かれないし,消費されたらあとに残らない。何をあげたらいいか迷ったときの無難な選択だと思う。でも,食品や菓子では何かもの足りない。ちょっとしたお土産とか,付き合いでのプレゼントにはぴったりだと思うけれど,あげる相手やあげる機会によっては,身に着けるものや使えるものなど,食品以外で考えたい。するとプレゼント選び,なんと難しくなることか。

プレゼント選びを難しくさせているのは,相手が喜んでくれなかったらどうしよう…ということを考えるからなんだと思う。なんでそう考えるのか。もらったプレゼントがどうにも自分の好みとマッチしない,使えないということは私も経験したことがあるが,そのときの「どうしよう,これ…」感は半端ない。たいていは捨てることもできないまま引き出しの奥とかにしまわれ,忘れたころになんかのきっかけで出てくる,みたいな末路をたどる。私があげたプレゼントにそんな末路をたどってほしくないから?とか,相手に残念な感じを感じてほしくないから?とか,それによって自分の評価が下がるの嫌だから?とか,もんもんとした結果,相手が喜んでくれなかったらどうしよう,ということは考えても仕方ないなと思うに至った。どんなに相手のことを思い考えたって,私が思うように相手が動くわけではない。だったら,相手のことをできるだけ知る→その情報から相手が喜ぶ確率の高いものを選択する→プレゼントする,までのプロセスに集中,が最善策。そしてもし相手がプレゼントを喜んでくれたら,「やったー」,そうでもなかったら,相手の好みに関する情報としてストック,するとしよう。